グリューンラントの少年兵。
ツェントルに落ちのびてからは、その言葉が常に僕達の全身に張り付いて回るようだった。
もちろん、これまでだって僕らは━━少なくともこの僕は、ラントの生まれであることを忘れたことはなかったのだけど、この都市に入ってからは僕達個人が、すっかりその言葉の影に追いやられている、付属品になった気さえするほどだった。
ジェイルという人は、はなから僕らを疑ってかかってくれた。
がさつなランスさんのことも気に食わないようだったけれど、まだ僕達へのそれに比べたらましな方で。多分、市長自ら僕達に面会しようとしたことも、気に入らない一因だったんだろう。
市長との対面の後、打ち合わせのあるランスさんやフェイスさんと分かれて、一足先に応接室を出た僕達は、庁舎の中で迷ってしまったところをジェイルさんに発見された。
グリューンラントの侵攻は目前、相当に気が立っているジェイルさんは、庁舎の奥まで入り込んでしまった僕らをスパイ呼ばわりで捕まえようとさえした。
「僕たちはラントの操り人形じゃない!」
メリナが実力行使に出るより早く、声を上げたのはヤツデだった。
「そうだ、あれが仲間を見殺しにした狂皇子の部隊なら僕らにだって一矢報いる術はある」
「ジョシュア?」
ヤツデの声に励まされた僕が続ければ、姉弟揃って首を傾げる。
「火だよ。兵站が保てなければいくら狂皇子の軍勢だってすぐには身動き取れなくなる。食糧庫に火を放つんだ」
「ど、どうして?! どうしてジョシュアとヤツデがそんな危険なことをしなくちゃならないの?! すっごい作戦教えたんだから後は兵士さんに任せたっていいじゃない!」
神妙な顔で頷くのはヤツデ、それに目を白黒させるのがメリナ。
ジェイルは眉一つ動かさない無表情で、
「悪いが君達のことをそう簡単に信用するわけには行かない。示し合わされて逆に待ち伏せされないとも限らないしね。それに、その程度の揚動なら我々も考えていたが、連合がああもまとまらない状況では、そこに割く人員を選出するにも難が多くてね」
メリナの事は、横目で見るだけ。僕らの事は疑っている、彼女の事は、話す価値もない、そう見下されてるような嫌な気分だ。
ヤツデだってきっと同じだったんだろう。むっとした顔できっぱりと、相手を見上げて言い切った。
「わかってます。だから僕達だけで行きます」
「しかし、それは……」
「ジェイルさん、それはあなたにも好都合のはずです。僕らが内通者で、向うに行ったまま帰らなくても、潔白で、言葉通り作戦を成功させたとしても、連合には何の損失にもならない」
それでもなお渋っている彼の態度に苛ついて、それとわかる嫌味を言うと、やっとジェイルの表情が動いた。
「くっジョシュアとかいったな、おまえ達の申し出を受けよう。事は一刻を争う。少ないがこれで装備を整えたら直ちに出発してくれ。門番には連絡しておく」
とても苦い葉を噛み締めているような顔をして差し出された皮袋を、行きがかり上僕が受け取って、そのままヤツデへと渡した。
青臭いと笑われるかもしれないけれど、こんな扱いをする相手からよこされた金なんて、僕は使う気になれなかった。僕らだけの力でやり遂げて、狂皇子に一矢報いるのと一緒に、この刺々しい相手の鼻を明かしてやりたいと、そのときの僕はそう思っていたんだ。
1月02日から5月18日までの間Web拍手のお礼として公開していた一幕。Crystallist2のジョシュア・メイヴェル(=主人公の親友)一人称にて。敢えてヒロインは名前すら未登場にしています。