「テスト終了」

 

「被験体No.189745263」

 

 パキ、ザッ、キィイン……と、ノイズ混じりの音声が意識を乱す。

 

「銀河連邦第十一艦隊BCSファレン中隊所属、バッカスカスタムパイロット」

 

「リー・ウェイ・フォチュナー少尉」

 

「シミュレーションブースを出ます」

 

 

 告げられた言葉の意味を理解するよりも先に──

 急に視界が変わった。

 

 改めて辺りを見回せば、狭い、ラムダ合金製の壁が、彼の周囲を取り巻く全てだった。

 先程まで何かを映していたと思ったスクリーンすらも、どこにも見当たらない。

 リー・ウェイはゆっくりとシートを立ち、狐に抓まれたような面持ちで、異様に頑丈な作りの扉へと歩いていった。

 

 ここに入る前、彼は、何人ものパイロット達が、狂乱、または失神、衰弱して運ばれて行くのを目撃していた。

 友人で、同僚でもあるカスト・ロトス少尉などは、やはりこのテストを受けたことから、数日前に入院している。

 被験者として登録する際に課せられた守秘義務により、詳細が告げられることはなかったが、さも恐ろしい目にあったかのように、青褪めた顔色で人相を歪めた彼は、幾度となくリー・ウェイにテストの棄権を勧めて来たほどなのだ。

 

 だがしかし、彼が実際被験してみたところ、取り立てて精神を乱されるような事は起こらなかった。

 戦地で鍛えられた、タフな精神力を持つ兵士でさえもが、恐れ慄いて気を失うほどの出来事など、何も。

 強いておかしいというならば、青と蒼。

 ただそれだけの、単調な映像を見せ続けることは、奇妙と言えなくもないだろうか。

 

 時間感覚が麻痺しそうな単調なヴィジョンに、気が狂いそうになるのも、わからないでもない。

 けれど、彼らは長時間宇宙空間にいる訓練を、うんざりするほど繰り返してきた連邦軍人だ。訓練中、または任務中、広い空間の中で見えるのは、どうせ繰り返されるような光と闇のヴィジョンばかり。

 それなのに、今更に見せられたのは、ただの空と海。

 それだけでテストが終了してしまったという事実が、リー・ウェイには信じられないのだ。

 

 そもそも、今回のテストは、目的も何も公表されていない。

  が、軍の実験が極秘に行われるのは通例のことであるし、その被験者を軍の一般兵士の中から公募することも、よくある話だった。特に、通例ならば被験体の規 定に入らないBCS乗りも含めての募集だったこと、実験の結果如何によっては、その報酬が下級士官の一年分の給与と等しいほどの額になるということもあっ て、応募者の総数は二億に達するとまで言われている。その中には、リー・ウェイやカストのような新米のBCS乗りから、今年四十になるというようなベテラ ンの戦闘機乗りまで、様々なパイロット達がいた。

 だからこそ彼等は、腕試し・度胸試しのつもりでテストに臨んだというのに。

 

 

「あ……」

 考え込みながら扉を開けると、正面にはアルバート・ウィリアムス大尉が待ち構えていた。

 彼の所属する第十一艦隊の、艦隊長補佐──平たく言えば副官をしている男であったから、階級章を見るまでもなく、リー・ウェイは慌てて敬礼をした。

 

「お疲れさまでした、フォチュナー少尉。タカダ少将がお呼びですが、ご同行願えますか?」

 ウィリアムス大尉は上官とは思えぬ丁寧な物言いで、そう声をかけてきた。タカダ少将とは第十一艦隊を指揮する将官、すなわち艦隊長の名前である。

 それにしても、BCS乗りが一種の特殊部隊だとは言っても、一介の士官に過ぎないリー・ウェイを名指しで呼びつけるとなると、いささかの無理を感じる。

 何しろ、各艦隊にはBCS中隊が最低でも五つ編成されており、その他に戦闘機の中隊が十五、合わせると二百人近いパイロット達がいることになるのだから、いちいちそれを覚えている艦隊長はいない。

 

 だから彼は、半信半疑で尋ね返した。

「少将閣下が……? 自分を……ですか?」

 それを別の意味に捉えたのか、大尉は弁解するように付け加えた。

「BCS中隊のパイロットに関しては、本来、中隊長を経由してこの連絡が行くことになっているのですが……貴官の上官であったファレン中尉は、本日その任を解かれる内示を受けております」

 

「中隊長が、解任……?」

 茫然として、リー・ウェイは呟く。

 それこそ「何故?」だ。

 

 ファレン中尉は訓練中はとにかく厳しいが、それ以外の時となると、対照的なまでの暖かさで部下に接し、冗談を笑って受け流すだけの懐の広さを持っていた。

  下世話な話を率先して行うことはないものの、誰かが話し始めると苦虫を噛み潰したような顔になる、多くの気取った中隊長クラスに比べるとずいぶんと寛容 で、あまり行きすぎた時にさりげなく口を挟むほかには、余計な手出し口出しはしようとはしなかったし、訓練もやらせるだけではなく自分から進んで動きだす ので、部下達からの厚い信頼を受けている。

 そんな彼が、何の前置きもなく解任されるほど、目に余る大失態をやらかしてしまった、とでもいうのだろうか……?

「詳しくは今は話せませんが……少将閣下にお目にかかればわかっていただけるものと思います」

 衝撃が露骨に表に出ていたのだろう。ウィリアムス大尉は彼を安心させるように言い、パイロット風情が滅多に足を踏み入れることはない、将官執務室のフロアへと、リー・ウェイを導くのだった。

 

 

 

 

  

 

 

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