コポコポコポ……
水中で気泡が生まれていくような音が、耳につく。
目を開けた、つもりなのに、何も見えない。
ただ薄青い色彩が辺りを満たし、時折ゆらゆらと光と影が通り過ぎて行く。
またこの夢か、と内心は溜息。
悟ったからと言って何か変わる訳でもなく、薄ぼんやりとした時間がただ過ぎて行く。
──どうにか間に合いそうだな。
──しかし、これを間に合ったと言えるのか?
遠いような近いような、微妙にくぐもった声が聞こえてきたのは唐突。
複数の声は、こちらが聞いていることなどお構いなしに話し続ける。
──最悪の事態は免れた、そうは思えないか?
──さてどうだか。三眼のサンプルのこともある。彼らが正常に動作するか、未だ確実ではないのだろう?
──それに当初の目的には程遠い。彼らは良いかもしれないが、奴らはさて、何と言うだろうな。
──未だ権力と栄華にしがみ付く馬鹿共か。彼らに取って代わられるのではないかと今頃戦々恐々としている事だろう。
──好きに言わせておけばいい。時間がない事を知りながら、我が身となれば躊躇するような連中だ……尤も、我々も他人の事ばかり言っていられぬか。
──違いない。過酷な役目を押し付けるだけ押し付けて先に逝く我らは、彼らの目にどう映るものか。
──そればかりはわからぬよ。しかしどうする? 最終調整の段階で精神に変調を来たされても、修正する時間などそれこそ取れまい。穴だらけのこの杜撰な計画の一番の穴だな。
──……いや。それだけは心配あるまい。
──何?
──これは何だ? 花のように見えるが……こんな素体は知らないぞ。
──当たり前だ。これは素体ではない。ヒトの澱とは相当なもののようでな、彼らを精製する過程でできた澱みを浄化草が吸い上げた結果の突然変異体がこの花なんだ。
──これが浄化草だと?! しかしこの禍々しさは。
──だから突然変異体なのだよ。不老不死の彼らでも、己から生まれ出でて凝固されたこの澱には抗体を持ち得ない。本来備わるべき害悪なのだからな。
──……痛いな。
──今更だ。此花は諸刃の剣となるだろう。それでも、延々と続く螺旋の呪縛から逃れる術を一つでも残しておけるのは、慈悲となろう。
慈悲なものか。あんたらの楽観があの人の道を踏み外させて、そして皆が苦しむんだ。
反論をしようとしても、こちらの声は向こうまでは届かない。
判っていても反発するのは、自分が「それ」を知っているからに他ならない。
──だがもう時間がない。効能を試す余裕もない。ならば少なくとも余人の目の届かぬところへ封印する必要は在ろう。
──ああ。この花の威力で人が滅ぶのでは本末転倒。封印は為すべき物。
そうだ、そうしてくれ。できれば誰も……我らでさえも手を伸ばせぬところへ。
願っても叶わない事を知っている。何故ならこの先に──
ぐらぐらぐらぐら……
全身を大きく揺さぶる衝撃があって、平衡感覚が失われる。
慌てふためく声に続けて響くのは、巨大なガラスの割れる音。
幾つも幾つもそれが重なって────
がばり。
勢いよく起き上がれば、こざっぱりとした室内が目に入る。
こざっぱりというよりむしろ殺風景な寮の一室。片付け忘れたバスケットボールが、脱ぎ散らかされた衣服が、生活感を現す精一杯のもの。
時計はAM6:00
「……かったりぃ。朝錬の時間だ」
広瀬麻人はぼやくように独りごちて色素の薄い髪を掻き上げた。
11月18日〜12月31日までWeb拍手のお礼として置かれていた一品。
(20071118)
使用素材配布元:Cha Tee Tea