目が覚めたら知らない場所だった。
「ようやくお目覚め? ”仲間”に裏切られたのがそれだけショックだったってことかしら」
辺りを見回そうとすると、声が降ってくる。壁一面のモニタパネル。その手前に立っている、同年代の女性。
間違いなく初対面であるはずなのに、どこかで見たことがある気がする。
彼女は肩口まであるふわふわの髪をサイドだけピンで留めている。胸元にレースがあしらわれた淡色のカットソー、同系色のジャケットを羽織って、耳元で揺れるのは、小さな飾り石のついたピアス。彼女の格好は、普通のOLさんといったところだ。
訝しげに見上げる私の視線に応えてだろう。彼女は私の方に身を屈めて少しつり上がった目を細め、笑った。
「初めまして、沖野さん。気を失う前のこと、覚えてるかしら?」
「え……!」
フラッシュバック。倒れた要ちゃん、水の壁、三田君、響律符、双藍さん、血、水……
「覚えてるみたいね。私は高内瑞穂。三田君の、今の同僚よ」
青ざめた私に満足そうに頷いて、彼女は名乗った。
「っ!」
ガタガタタ
ベッドの上で後ずさった。
半身を起こし、彼女から距離を取る。見回す室内、窓のない閉鎖空間、出入り口は彼女の向こう、他に人はいない。
「かな、ゃんはっ」
掠れた声、息が詰まる。
顔は正面に向けたまま、目線だけを下げて腕を確認──何故かそこに、行動を制限する響律符はつけられていない。
彼女は肩を竦めて無防備に背中を見せた。
「生きてるわよ、当たり前でしょ?」
「え?」
彼女がリモコンを操作すると、パネル部分一面に別の部屋が映る。集中治療室のような一室、チューブだらけのベッドに横たわる人影。あっと思う間に画像は切り替わり、見慣れた横顔、上下する胸、脳波か心拍数の計測グラフ、アップが続いた後で、また同じ部屋の俯瞰。
「そもそもあのバカは殺すなんて一言も言ってないと思うんだけど?」
「!」
彼女が手のひらで弾ませる小型リモコン。
そのリズムに合わせて画像はまた切り替わって行く。視覚に気を取られる。けど、それでも彼女の一言は強烈だった。
「ここまで抵抗したのはあなた達だけよ。偽悪に走ったのは三田君だけどさ、多少裏読んでもいいんじゃない? あなた達本当に組織の上級職員?」
「それはっ……!」
言葉に詰まった。
次々に入れ替わる画像、玖賀さんも美姫さんも浅沼次長、神奈川さん……同じ船に乗ってたみんなは怪我一つ、してなくて。
高内さんは一つの画像でリモコンを止めた。
「あの馬鹿のシナリオに一から十まで乗っちゃうなんて、ホント信じらんない! ちょっと考えればわかりそうじゃないの」
「三田、君……」
映し出されたのは、要ちゃんのとよく似た医療用ベッドだった。違うのは、チューブの数と、横たわる人の姿。たくさんのチューブに連結された要ちゃんよりも、一本のチューブ──多分、点滴の管を刺された三田君の方がずっと顔色が悪かった。
「貫通創放置して力使いまくったんだから当然でしょ? 自業自得のバカで無茶。普段は涼しい顔してるくせに、変に思い切りがいいって言うか」
「どうして、こんな……」
高内さんに聞いて答えてもらう事じゃない、そうわかっているのに、言葉がこぼれ落ちた。
三田君が怪我したのも、要ちゃんが重傷を負ったのも、私が中途半端な抵抗をしたことと無関係じゃない。
三田君の真意が、エスジェリアからの抹消であって、死そのものではないと、気付く要素はあったはず。指摘されれば気付く。指摘されなければ気付かないなんて、私は三田君をどれだけ見くびっていたのか!
「言わないわよ、私は」
高内さんはため息を吐いて言った。
「どっかのバカへの嫌がらせには、全部ばらしちゃうのが一番だけど、役目は割食った方に譲っとくわ」
「会えるんですか?」
「あなたの上司とか同僚とかは無理よ。接触が認められてるのは局の人間とパートナーまで」
「要ちゃんや、三田君にも?」
私は上目遣いで高内さんを見た。
彼女はリモコンを操作して画面を消すと、真顔で、
「そう言っているようには聞こえなかったかしら?」
「じゃあ!」
「それは私には会いたくないということかな?」
勢い込む私に応じた人は、高内さんの向こう側。
まさに今扉を開けてはいってきたその人は──
「飛沫っ!」
もうその姿をしてないのに、呼びなれた方の呼び方が、口からするりと飛び出した。
高内さん自身十分偽悪に走っているせりふ回しですが。
多分本編から十年後くらいの話です。こんな内容ですが結構長らくWeb拍手のお礼でした。
(150303)
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