「9月、24日……」
講義の終わった研修室で、私はポケベルの数字を睨み付けていた。
私の記憶に間違いなければ―――というか、スケジュール帳を広げて確認したんだから間違いようもなく確実に、今日は……
「なぁにしけた面してんだよ。飯、行かないのか」
背中からどやしつけられて振り返ると、炎使いの《緋王》が腕組みして立っていた。
互いに近接戦闘向けの能力者って事から、千波に来て日の浅い私とも親しくしてくれている、希少な一人。沙霧を彷彿させる偉そうな腕組みも、《緋王》がする分には別に嫌味ッたらしくはなくて、逆に、人間の違いを感じさせる。
なんて言うか、全身を黒で決めてるようなスマートさとは裏腹に、《緋王》はあくまで陽性の馬鹿なんで、こっちもそんなに気を張らずにいられるのだ。
「あれ? 《魔術師》は一緒じゃないんですか?」
身体ごと向き直ってみると《緋王》の隣に見慣れた長身の姿がなくて、首を傾げる。
「ばーか。お前がおせェから《姫》と一緒に席取りいってんだよ」
鼻で笑われて、私はだんっと勢いよく立ち上がった。
《魔術師》は《緋王》のパートナーで、《姫》は二人のサポート役、兼、《魔術師》の恋人でもある。
現在の私は、この仲良し3人組の間に居場所を間借りしているような状態だった。
「で? 結局なんで顔蹙めてたんだ?」
並んで歩いていると、《緋王》は実に軽い調子ながらもそう水を向けてくれる。私は溜息を吐いてその問いに答えた。
「今日友達の誕生日なんですよ」
「はぁ!?」
すると、間髪を入れない大声をいただいた。
多分私が《緋王》の立場でも同じリアクションを返しただろう。それくらい「だから何?」って答え。
けど今の私にしてみれば、蹙め面したくなるくらいには重要な問題なのだ。
「ついさっきそれ思い出して、れで凄い「どうしよう」って思ったんですよぅ」
「んなの放っとけばいいだろ? お前どーせ今はこっちいるしかないんだし、今更騒ぐだけ無駄じゃん」
「期待してなくても、貰えたらやっぱうれしいじゃないでスか。知り合ってから最初の誕生日ってのはそれなりに重要だと思うし」
「そりゃそうだけど…………お前、ホンットに《狙撃手》に惚れ込んでるんだな」
「はあ!?」
関心なのか呆れなのかわからないことを言われては、今度は私が大声を上げる番だった。
だって何? どっから沙霧(と書いて天敵と読む)の話に移ったわけ!?
「はあっ? ってお前……じゃなきゃわざわざ誕生日なんて」
その言葉ですぐ勘違いの理由はわかった。
けどいっとくけどさ。
「アレは12月生。おまけに知り合ってから最初の誕生日なんて三年も前に過ぎてるし。どうしても祝わなきゃなんないくらいの義理なんてないし」
「何? そんじゃお前、あんなおいしいポジションの奴と組んでて、余所に男いんの?」
おいしいポジション……《緋王》が言ってるのは、容姿・能力・評価(=将来性)に加えた次男という立場も含まれているんだろう。
だけど私に言わせてもらうなら、冷血・ボケ・多重人格の身勝手人間。そんな奴と「個人的に」おつきあいしたいなんて思わないさ。
「あー私女子校だったし、そーゆーのには縁ない生活だから。同性の友達ですよ?」
さっきよりずっと大きな溜息を吐いて根本的な間違いを正すと、《緋王》は珍種の生物でも見るように奇異な視線を私に向けてきた。
「女って…………っかんねぇぇぇぇ」
「あ、もしもし……はい、沖野です」
結局何も思いつけなかった私は、訓練の合間を縫って仙蓼に電話をかけた。
「あ あいえ、問題は別にないんですけど、その……今日瑞緒さんの誕生日だなって思って……あ、はい。あ! いいえぇ。あんまり時間もなくてちょっと今年は何も できそうもないんで、おめでとうって伝えておいていただけませんか? ……はい。済みません、宜しくお願いします。それじゃあ、梁前さんもお身体に気をつけて下さい」
この後梁前さんが瑞緒さんに何を送ったのかは当人達にしかわかりません。
何はともあれ、瑞緒さん(仮名)誕生日おめでとうw
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