区切りのよいところで【灯海】は映像をオフにした。
 はふぅ。
 溜息を吐いて、

「っにぎゃあああああっ?!」
次の瞬間に奇声を発したのは、突然頬に温かい何かを押し当てられたからだった。
 
 ぶほっ
 彼女の背中側で誰かが噴き出す。
「にぎゃあって、にぎゃあて……!」
「浅沼ぁっ貴様!」
 瑞緒は顔を真っ赤にして声の方を振り返った。
 しかし次弘よりも手前側、丁度彼女の真後ろには、壁のように立ちはだかる別の誰かがいた。
 シャツの腹のあたりから視線を上にずらしていくと、豊かなバスト、飾り気のない襟元、それから、笑いをこらえるのと呆れた半眼の中間のような微妙な顔が目に入る──晶子だった。
「お前、根詰め過ぎ」
 晶子はどうにか笑いの衝動をかみつぶして、瑞緒に缶コーヒーを突きつけた。
 先ほど彼女を驚かせたものの正体がそれだった。
「いきなり後ろから缶コーヒー押し付けられたら誰だって驚くわ! もらうけど!」
 瑞緒は怒りの矛先を晶子に向け直してから、受け取った缶コーヒーをがしっと勢いよく開栓する。
 たぷっと指先に琥珀色が跳ね上がったが、気にせず一口啜った。

「んで、どうなん?」
 晶子は瑞緒が落ち着くのを待ってからそう問いかけてきた。
 後ろで気のすむまで笑い転げていた次弘もちょこちょこと近寄ってくる。
「どうって……」
 瑞緒は目を泳がせる。
 問われたことが何なのかはよくわかっている。ただ、話をどうまとめようかと迷っていた。
「塾サボってまで「見て」たんでしょうが。何か進展あったんでしょう?」
「あぁ、うん──捕獲、してたよ」
「え、マジ?」
「やったじゃん!」
 晶子は目を丸くして、次弘は手をたたいて喜んだ。瑞緒が先ほどまで見ていたのは、異世界に落とされてしまったチームメイトを捜索に出た、友人の動向。
 瑞緒も二人の合流に関しては、まずほっとした。

「ただ……」

 喜んでいられないのは、その時の状況。
「沙霧さん狙ってる上位妖霊に見つかって生死の境彷徨ってる」

「「は?!」」
 両脇から二人は大きな声を上げた。

「生死の境って、え?!」
「何それちょっとどういうこと?!」
「見えたとこだけだからよくわかんない。反撃喰らって吹き飛ばされて、血塗れんなってた」
「そんな……!」
「何やってんだよ、あいつっ!」

「俺、梁前さん達に知らせてくる!」
 青ざめた顔のまま、次弘は続きを聞かず部屋を飛び出した。
 残った晶子は固い顔で、きつくこぶしを握り締める。

「手当てしながらどっか運んでたから、生きてはいるんだろうけど、だからそう簡単に連れ帰ってこれる状況じゃないみたいで」
「……瑞緒?」
 続けられた言葉に、晶子は眉を寄せて瑞緒を見た。
「今のって、誰の話?」
「捕獲された時の、沙霧さんの状態だよ」
「っ紛らわしい言い方するなあぁっ!」

 どんっ

 晶子は思い切りよく瑞緒を突き飛ばした。
「うわっ! 何いきなりっ?!」
「あの人が生死不明なのはわかりきったことでしょう?! あたしぁてっきり沖野に何かあったのかと思ったじゃんか!!」
「ええぇ?! ゴメン! あいつは無事だよ、キリキリしてるけど無傷、無事!」
 瑞緒が返すと、晶子は椅子の中でほおぉ、と崩れ落ちた。
「それを先に言え……絶対浅沼君も誤解してるわ」

 晶子の言葉通り、話を聞きつけた仲間達が血相を変えて飛び込んできたのはその10秒後の事だった。

 

 

 


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 丁度更新が足踏みしている間のエスジェリアサイドのお話です。
 瑞緒さんの能力は遠視だということを久々にアピール、みたいな。
 何のかんの、瑞緒さん絡みの話が3本目だと気が付いた。

(140422)

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