「有り難うございました、失礼します」

 頭を下げてドアを閉めると、青木高はそのままの体勢で深く息を吐いた。

 防音の効く分厚い扉だから、中にそれは伝わらないと思えばこそ。

 

「お疲れサマ。本当に、お疲れってカンジね」

 なのに、誰もいないと思っていた背後から、笑い混じりに声をかけられて、高は焦った様子で後ろを振り返った。

 彼をまんまと驚かせた方は、更に可笑しそうにくすくす笑う。

 高は憮然として、相手を睨み付けた。

 

「双葉さん……」

 

 

 A級昇格試験の最終日、面接。

 たった今それを終えたばかりの彼に向かってからかうような台詞など、怒るなと言う方が難しい。増して彼女は、手続き上のものであるとはいえ、彼の「推薦者」なのだ。もう少し、労いの態度を見せてくれても良いだろうに。

 

 

 テレパシストでもない彼女に、そんな彼の心情が伝わったわけでもないのだろうが、双葉はふと表情を改めた。

 

「大丈夫。『彼』も言っていたでしょう。今更、あなたの昇級に対する妨害なんてあり得ない。そんな、自分達の不正を本部に露見させるようなこと」

「そういうんじゃねぇよ。ただ、疲れた。何かうまく丸め込まれたみたいだ」

 高は苦いものを噛んだような顔をして、出てきたばかりの部屋にいた『彼』の姿を思い出していた。

 

 

―――何の代償もなく、力を貸されているのだと思ったことはなかった。

 けれどまさか『彼』の目的が、下位妖霊に狙われている沙霧とそのパートナーのガードなどではなく、組織の監査と、自分達の本部への勧誘だったなんて。(正確に言えば、「青木高及び沙霧要の本部への移籍交渉、並びに、ハンターズホーム仁津穂の内部調査」が、『彼』の受けた指令だった)

 

 

「いいじゃない。あなたにとってマイナスになる話じゃないんだから……それとも、まだ迷っていたりする?」

「いや―――迷う気ならこんな所までこねぇって」

「なら、いいんだけど」

 

 

 A級試験が受けられるのは、仁津穂国内では塔恭だけ。そしてその上の、S級試験を受けるには、国外での活動と評価を一定レベルクリアしなければならない。

 A級資格を得たものの大半は、だから、それぞれの母国を最低一年は離れるのが通例だった。

 当然、試験をパスすれば、高も自分のチームメイト達を置いて、新しい土地―――異国へと、旅立たなくてはいけない。

 

 あの「事件」以来、未だ不安定な関係にある、大切なチームメイト達を置いて。

 

 

「俺がこのまま残ったって、できることなんてろくにねぇしな」

 心に被さってきた蔭を払うように、高は肩を竦める。

 後に残る高科や梁前忍のことは信頼していたし、一番の不安材料―――妹とも思って大事にしてきた沖野には、いつの間にか組織の内外に、いざというときの個人的なつてもできていた。二番目の不安材料―――沙霧だって、彼は彼なりに考えて行動しているのを知っている。

 だから高も、決意したのだ。

 妹の死によってもたらされた精神的な楔から、今度こそ本当に自分自身を解放して、美弥のような犠牲者をこれ以上出さない環境を作る、その礎となることを。

 

 

「ちょっと後ろ向きの気もするけれど、変に気張られるよりは良しとしますか」

「そうだね。ダイジな物が何なのか、タカシはちゃんとわかってる」

「なら、合格、だな」

「―――なっ!!」

 

 高は慌てて背後を振り返った。

 双葉の呼びかけに応えるように言葉を返したのは、『彼』と、試験官を務めた理事の一人―――梁前、悟。

 

「ごめんなさいね。今までのも最終試験の一部なの」

 双葉は大してすまながるでもなしにそう言って、手を合わせた。

「面接まで終わった後って、どうしても気が抜けるでしょ? そういう時が一番、その人の本音が出てくるから」

「相手が自分の「推薦者」であればなおのこと。一応、国際的な活動を前提にしたライセンスだからな」

「ドコの国でも同じやり方をするよ。騙すみたいなやり方でホントゴメンだけど」

「それが規定ッつーんならどうこう言ったってはじまらねぇけど、俺の本音なんて、あんたにはとっくの昔にわかられてたと思ったけどな」

 一番それっぽく頭を下げる『彼』に、高は苦笑混じりの言葉を返した。

 チームの一員として加わっていた『彼』の前では、支部長や他チームの前では見せられなかった弱音や迷いもすっかりさらけ出してしまっていた。今更試されても、これ以上何も出てこないくらいには。

 

 

「タカシは素直だけど意地っ張りだから、時々その境界を見失うことぐらいはあったよ―――一番解りやすくて一番解りづらかったのは、勿論、カナメの方だったけど」

「あの子はぼんやりとしたひねくれ者だから。結局、まだまだ表舞台に出るには芯が錬れていないのよ」

 肩を聳やかしてみせる『彼』の言葉を受け、双葉はより辛辣な評価を下した。

 けれどそれを聞いた高は、彼女がむしろ、沙霧の力の方に強い期待を抱いているのだと感じた。

 自分を卑下したり、卑屈に思ってそう捉えたわけではない。期待すると言うことは懸念することと紙一重。だから、自分達の手や目の届く場所に、沙霧を留めておきたいのだろう。

「あいつが本当に強かになったら周囲はいい迷惑だろうけどな」

「ッてことは、あなた達の大事な女の子達が軒並み被害者ってワケね」

「「双葉」」

面白がるように混ぜ返す彼女を、年長者二人が窘めた。

 

 

 

 

 

 宿舎に与えられた部屋に高が戻ると、机の上に小さな郵便物が置かれていた。

 差出人は、多田晶子。彼のチームに属する一人だ。

 

 けれど、何故彼女が―――?

 

 不審に思って高は開封する。

「あ―――」

 

 中に収められていたカードを目にした途端、高は今日の別れ際、双葉に言われた言葉を思い出していた。

―――だけど彼女達なら大丈夫そうよね。たとえ誰が何処に行ったとしても、必要さえあれば、持ち前のチームワークをいつでも発揮してくれそうな気がする。その意味に置いて、あなたのチームは損なわれることはない……チームリーダー冥利に尽きるわね。

 

 

 封筒に収められていたのは、写真とカードとチョコレート。

  『彼』を含めたチームメイト全員が写った写真と、その裏には、短い言葉の寄せ書き。チョコレートはこの時期おきまりの真っ赤な包装紙でくるまれていて、添 えられた問題のカードには、チームメイトの女性陣+彼が面識のあるその友人達の連名で「激励」と無理矢理に(人数が多くて名前だけでいっぱいになってしま いそうだったからだ)メッセージが入れられていた。

 

 

 カレンダーを確認すれば、今日は2月14日。

「っすげー義理チョコ」

 人数に対するチョコレートのコンパクトさには苦笑しながら、それでも、わざわざ自分の分まで忘れずにそれを用意してくれたチームメイトを思うと、高の胸は熱くなった。

 

―――こいつらの笑顔を守るため、っていうのも、かなり大きな理由だったんだろうな

 

 遅蒔きながら、『彼』の誘いを受けることにした動機を思い直して、高はS級ライセンス獲得への決意を新たにしたのだった。

 

 

 


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 前回までとは違って、連載よりも未来の時間設定で話を進めてみました。
 本編も明るいとは言い難いあたりにさしかかってますが、外伝はどうも暗さが強まってしまいます。
 ふぅ、これだから真田の三人称は(ーー;
 因みに、まだ本編をご存じ無い方へ付け加えますが、夢幻本編はひたすらヒロインの一人称です。

(030212)

使用素材配布元:LittleEden