「っかし萄載哥もお盛んな事よね〜」
だらしなく卓上に伏し、なみなみと満たされた酒杯を弄びながら、玉蘭は感心とも苦笑もつかない声をあげた。
猫のように喉を鳴らし、乱れた髪の合間から、潤む目線をちらり、覇煉へと寄せる。
「妖艶な」と言うより、悪戯ッ気を感じさせる眼差しは、次いで覇淘を、それから、彼等の主の居室の方角を一舐めした後、長い睫に閉ざされる。
玉蘭の脳裏には、気落ちし、肩を落として去る男の背があった。
生来、嵩萄が女好きで手が早いことは、ここにいる二人から、その他古参の諸候から聞かされて承知していたが、それにしても最近の嵩萄の生活ぶりは異様だった。
連日連夜妓女や寵姫をはべらせ、枕を共にする。それが例えば、権力を傘に來た暴虐な略奪行為であるならば軽蔑するところだが、女を悦ばせることは男の甲斐 性と豪語するだけあるのか、不思議なほどに嵩萄は一人の男としてもよくもて、求めずとも次の女が待ち構えている始末だった。
その一方、昼日中に於いては別人のように政務に励み、余人の近寄る隙を与えない。
軍令も次々に発し、各任も迅速に諸将に与えてはその採決を適時に下す。
昼も夜も余りにも精力的すぎて、よくも体がもつものだと、玉蘭としても感心してしまうのが半分。残り半分は──
「しかしなぜ萄哥はあんなに蕃佑に執着するんだ」
がっと空けた酒椀を乱暴に卓に戻し、覇煉は不機嫌も露に言葉を吐き出す。
酒に乱れた風情の二人とは対照的に、姿勢も目つきも確かな覇淘は、あっさりと
「我らが不甲斐無い成果しかあげとらんからだろう。仕方あるまい」
言い切って、酒盃を口に運んだ。
「だからといってなあ、淘哥。あっちは新参者でこっちは旗揚げから共にいるんだ、何故要衝の攻略を蕃佑一人にっ!」
嵩萄がここまで多忙を周囲にアピールする背景には、蕃佑との直接の面談を避け、彼の陳情を受け付けたくないという思惑があった。そうまでしても止め置かれようという蕃佑の扱いが、玉蘭も諸将もを呆れさせる要因。
「耳が痛いねえ、燕火将軍」
愚痴り続ける覇煉に、玉蘭はくくっと笑って茶茶をいれた。
新参ぶりでいえば、玉蘭も蕃佑に大差ない。
偶々同じ頃に嵩萄のもとに転がり込んできた蕃佑が十二分に目立つせいで、いくらか風当たりも弱まっているが、玉蘭も折おりに、その出自の怪しさにも関わらず重用されている自覚があった。
それを面白くなく思う将兵も少なからず。だからこそ敢えて玉蘭は揶揄を込めて返したのだ。
ぐっと言葉を詰まらせる覇煉。指し向かう二人が欠片もそう思っていないと知ってのからかいと、覇淘は見抜いて沈黙を保つ。代わる溜め息は酒椀に小波を立て、かつんと当たった玉蘭の杯が、より大きな波を返す。それを眺めやって玉蘭は矛先を替え
「淘哥だって面白くはないのよね」
「蕃佑を引き入れることは嵩萄のかねてよりの願いだ」
それをまた覇淘はいなしてのける。
「まあ、そう言うけどね」
玉蘭は鼻白んで口を閉ざした。
実の兄弟だというのに、覇淘は覇煉のように簡単にはからかわれてくれない。
「玉蘭(おまえ)は自分の意志で嵩萄の招聘に応じてきたんだろ? なら何も気にするこたないだろッ」
沈黙の降りた二人の間に身を乗り出して、漸く挟む言葉を見つけた覇煉がにかっと笑った。
年長であることを疑わせるまでの、彼の邪気のない瞳に、玉蘭はふてくされる自分が無性に照れ臭くなって、杯の残りを一気に呷った。
いきなり酒をかっ喰らっているヒロインもどうかと思いますが。