結論から言えば、罠らしい罠なんてのは特に存在しなかったのだけど、地下から当たっていったのは正解だった。

 悪趣味吸血鬼は、自分に害をなしそうな各種アイテム類を城内各所に眠らせていたからだ。(多分近隣の家や旅人を襲った時に奪い去って、外に流出しないようにしていたんだろう)

 それに、戦闘を重ねることは、私が理力の制御とやらを身につけるいい機会で、皆にとってはリビングデッド達との連携的な戦い方を研究する機会でもあった。

 勿 論、ランスから預かった剣にも、これだけ闘い続ければかなり慣れた。最初見たときには持ち歩くだけでも一苦労と思ったのに、不思議なものだ。機械の流通す る文明社会に慣れ親しんだ私が、これほどの大立ち回りを繰り返しながら古城の中を自分の両足だけで歩き回る今の状態は、決してしんどくないわけじゃないけ ど、それでも。

 

 やっぱりこれも、浪にカンシャ、なんだろうか。

 

 浪と友達やってなかったら、多分龍舞なんて知らないままで、私はただ一介の無力なOLに過ぎなくてきっととっくに今の事態に音を上げていた。

  龍舞の修行っていうのは結構な無茶苦茶で、真面目に極めれば最寄り駅から三つ四つ先にある学校に通うのに徒歩で(!)走って楽々鈍行に競り勝つ(通学専用 列車だといい勝負)くらいの脚力やら持久力が身に着く程だった。流石に私がそれをやると息も絶え絶えで授業どころじゃなくなっていたけど、跡取りの姉弟や ら内弟子の二人やら龍舞漬けになってる人達は平然としてて一寸も呼吸の乱れが無いんだから尋常じゃない。それでいて高科弟(跡取りの弟の方)はいじめら れっこだったっていうんだから、よくもまあ、これだけ破壊力のある人間をいじめ倒す気になれたものだと呆れてしまったのはいつの日だったか。

 

 

 私達はリビングデッドの群れや隠し通路の幾つかを抜けて、ついに如何にもという扉の前に辿り着いていた。

 目の前から、嫌な気配がジリジリ押し寄せてくる。ランスやカディオの目は、炎が宿っているような、一段と強い輝きを以ってその向こう側を睨みつけて。

 ごくり。と誰かが息を呑んだ。

 

 

「行くぞッ」

 

 ぎぃぃぃぃぃ

 

 号令と共に、蝶番の軋む音を立てて扉は開かれた。

 

 

 むおっ

 押し寄せてくるのは、既に麻痺しかけている鼻にも感じ取れる、強烈な臭気。顔を顰めたけど、気を逸らせば私自身がさっきまで戦ってきた連中の仲間入りだ。必死で、ランスの背中越しに見える誰かの影を睨む。

「おやおや懲りもせずに良くここまでいらしたものですね」

 あれだけ騒いだり殺気を振りまいていたのを気付かない筈も無いのに、振り向いたノーライフキングは大仰な手振りで驚きを表して、つと視線がずれる。

「漸く追い詰めましたよ、ミナルリック・ドーブル!」

「どなたかと思えば、ハーン家の生き残りですか。大人しく震えていれば見逃して差し上げたものを」

「貴様ッ」

 嘲る言葉に、この場に至るまで表面的な冷静さを維持していたカディオも激昂する。けれどドーブルは彼からも視線を逸らし──

 ぞく。背筋に寒気が走った。

 生気を感じさせない濁った眼差しが真直ぐ、私に注がれた。生理的に粟立つ肌を宥める術を、私は持っていない。

 

「これは失礼」

 私をじっと見たままで、ドーブルは口の端を歪め笑った。

「そちらの女性を花嫁として差し出すというならば、話は別です。せめて苦しまぬよう楽に殺して差し上げましょう」

「ッ!」

 ガキィンッ

 カディオの手から放たれた暗器が、ドーブルの腕の一振りで弾かれる。ドーブルは片眉を上げて彼を一瞥し、漸く呪縛を解かれた私は

「寝言は寝てから言って」

吐き捨てる一言。握る剣の重みを確かめるように構えなおして。それを合図に一斉に──

 襲いかかろうとした傍から、標的が姿を消した。

「やれやれ。私の好意を無にするとは愚かなこと。しかし生憎聞き分けの無い愚者の相手をする程暇ではありませんのでね」

「何をっ?!」

 何処からともなく聞こえた声に、ランスが一歩足を踏み出すけれど。

「ランスさん下がって!」

 ヤツデ君が叫んだ。

 そしてその直後。巨大な影が、寸前までランスのいた場所に沸きあがった。

 

 

「あなた方の相手を準備しておきました。存分に痛めつけられてしまいなさい」

 ドーブルの声は確実に遠くなって行く。けれどランスが幾ら悪態を吐いても、素通りできるほど目の前のモンスターは簡単な存在じゃない。

 空虚な眼窩に宿る暗い炎が、いつ襲いかかろうかと私達を睨みつける。基本は骨。それにぐずぐずいう音がしそうな腐った肉片がまとわりついた、形状は多分、ドラゴン。

 

 私はじりっとヤツデ君とカディオの間ににじり寄って、訊ねる。

「ヤツデ君、他のが出てくる気配、無いよね?」

「……はい。コイツだけみたいです」

「カディオさん、これ、きっと火に弱いですよね?」

「恐らく。マドカさん? 何を──」

 それだけを聞き取ると、私は先手必勝、スケルトンドラゴン(ドラゴンスケルトン? どっちなのか知らないけど)の前に躍り出て、構えた。

「きっといけると思うんですが、フォローは宜しくですッ」

 怒鳴るように言い放って後は、ドラゴンのブレスやら前足やら尾っぽやらの攻撃をかわしつつ、タイミングを計る。そして。

 

 

 

「龍舞連戯華の舞連撃──蓮華、連生万華!」

 

 

 

 これまでセーブしてきた力を、何一つ制御なしで、連戯を繰り出すことだけを意識して解き放った。

 ゴオオッ

 予想に違わずその結果そこ現れたのは、華が咲き乱れる勢いの、炎。

  ウォォォンと、ドラゴンの咆哮が石造りの壁を震わせる。それが怒りのものなのか苦悶のものなのかまで、確認する余裕はなかった。盛大にぶちかました二技 で、既に視界はブラックアウト状態。勘だけで暴れるドラゴンから距離をとり、その場に崩れ落ちたのは絶対私の方が先だった。

 誰かの手が私の身体を引き上げて、誰かに預ける。そこまでの意識は辛うじてあったのだけれど、堪えきれない頭痛と眩暈に負けて、私は完全に戦場からリタイアしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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このページ、火という文字が結構多い気がします。
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