巫王は人々の尊敬と信頼の上に立っていた。その権威は大陸の広範に及び、その名は遠く海を隔てた異郷の地にまで響き渡った。
巫王の治める国は堅強で、文化にも優れた豊かな国家として楽園と重ね合わせるものも少なくは無かった。事実、精霊と人とが交じり合って暮らすその光景は、 知らぬ者が見たら天上の楽園かと見紛うばかり。都の煌びやかさとも相俟って、他国から訪れた人々は夢心地に日々を過ごし、その絢爛さを声高に周囲へと伝え たものだった。
巫王は代々七の倍数の妃を娶る。初代の巫王が召した妃が七人だったからとも、巫王に組した七精霊にあやかってとも伝えられるが、慣習の契機は今となっては定かではない。
当代の巫王にも七人の妻がいた。
精霊族の血を引く正妃は、二人の御子を産んだ後身体を壊して今は亡い。
第二妃は乳母の娘で嫁する以前から病弱、身籠った子を死産で失って後居室に閉じこもってしまっている。
権勢を得ているのが第三妃。正妃同様精霊族の血を持ち、かつ大臣の娘でもある彼女には三人の子があり、四人目を身籠っていた。
第三妃を追い落とそうと血眼になっているのは第四妃・第五妃。ともに二人の子をなし、継承順位を上げるべく教育に熱を入れつつも、互いの隙と第三妃の失敗を虎視眈々と狙っている。
第六妃は地味で堅実な良妻賢母。第二妃とは血縁があり、彼女を見舞うところを巫王の気紛れにより娶られた。子は一人。血なまぐさくなる朝廷と後宮に絡め取られる日を恐れ、次の妃が娶られるのを期に早々と暇を請うた。
最も新しく娶られたのが第七妃。巫王との歳の差は二倍とも三倍とも言われる歳若き娘で、宰相が何処からか見出してきて後宮に上げた折り紙つきの美女。
実際に巫王の手のついた女性は後宮内に数多いると噂されるが、公に認められしはこの七名。継承権は正妃の残した第一皇子に次いで王弟廉公、第三妃の成した 第二皇子、第四皇子と続き、隠棲した第六妃の第八皇子は第十三位。挽回も厳しく自身も地味である第六妃が身を引いたのは的確な判断だったと宮中の人々はし たり顔で頷きあっていた。
王位の継承は、男女問わず王族の成人の儀にて順位を改める慣わしがある。
国家の要である創始の理──それが収められた水晶の間に一人で赴き、成人の報告として一晩を過ごす。その間にどれだけ理を読み解けるかで資質が問われるのだが、初代巫王から何代も経た今となってはその儀式も最早形骸化していた。
理とは書物と師から学ぶもの。学術にも優れた国家であるが故にそうした風潮が代を重ねるごとに強まっていき、水晶である理から引き出されるのは純然たる力であるとの観念を、人々が持つようになっていったからである。
海を越えた大陸の人々は兎も角、巫王の治める国に住む人々にとって、水晶とは、武器と盾を成すための素材であり、何らかの権威を象徴するものに過ぎなかった。
であるからこそ、「不慮の事故」で第一皇子が没すると、第二位であった廉公を飛び越して第三妃の皇子が立太子したのも宮中の人々にとっては何の不思議も無い出来事だった。
廉公は王弟で継承権二位といっても兄王との仲はあまりよくなく、また短気でもあったため、最初の継承争いの時期は兎も角、今更敢えて彼につこうとする者も 少なかった。しかし最大の対立者である第三妃が何者かに毒殺されると、自ずとその皇子に対する評価も変って行き、継承順位は予想困難な混沌へと渦を巻いて いく。
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