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 見切り品を安く仕入れたという矢の選別と手入れを、見るとはなしに見ていたガーラントだったが、マイクにしても静花にしても随分手慣 れた素早さであり、二人が弓使いであることを、まざまざと彼に実感させた。

 使い込まれた皮の矢筒いっぱいまで矢を詰め込むと、彼らは使いものにならないと判断された矢を分解し、使えるパーツだけを種類毎に小 袋へとしまい込んだ。どうするつもりかと問いかければ、全て再利用の用途があるのだというからしっかりしている。

 

 それらの整理が終わると、静花はガーラントを呼び寄せ、彼に運ばせた軽い荷物を開けた。

  そこから現れたのは、落ち着いた色合いの、柔らかな布地。言われるままに広げてみれば、簡素な作りだが、故に手直しが容易なチュニックやズボン。より深い 色合いの上衣を重ねれば、立派にキルサイドの町人だ。そこに胸当てか剣をつければ自警団、バックパックを背負えば旅人の出来上がり。

 

「うーん、大きさは概ね合ってるけど、袖はいっそ詰めて半袖か七分にした方が良いかな」

 静花はそれら一枚一枚をガーラントに合わせ、思案するように独りごちる。

「な……?」

 言葉が途切れるのは、ガーラントだ。

 静花は呆然とする彼に構わず、てきぱきと残る荷(よく見れば他にもブーツや手袋なども揃っていた)を並べ立てる。

 

「とりあえず着替えてみてくれる? 暫く向こうにいるから」

「え、いやしかし」

 ガーラントは戸惑って声を上げた。

 

 今彼が身につけているのも、彼女が準備してくれた衣服だ。彼は何の代価も払えないのに、治療や食事の他、そこまでして貰っても良いも のなのだろうか?

 静花はきょとんとして、それから肩を竦めた。

「だってそれ、人里に出るにはあんまりな格好でしょう? この色なら絶対似合うと思うし、気の早い快気祝いとでも思ってみない?」

「……わかった。済まない」

 もう少し反論してみることを考えないでもなかったが、迷惑をかけているガーラントがあまり逆らえるものではなかったし、彼女の言うこ とも一部もっともでもあったので、彼は結局肩を落として静花の言に従った。

 大体にして、彼に丁度いいサイズの衣服など、マイクや静花のものに誂え直すにも無駄な労力なのだ。つまり、彼が着るのでなければこの 一揃いも無用の長物。

 

 

「……これで良いか?」

 ガーラントは急いで着替え、廊下で待っていた静花に声をかけた。

 振り向いた彼女は一瞬目をみはり、次いで柔らかな笑みを浮かべる。

「やっぱりこの色で良かった! きついとか緩いとか、不都合は?」

 問われて、ガーラントは体を動かしてみる──別段に違和感もない。

「特に問題ないが、強いて言えば袖が半端だ。この位置でビラビラすると動きづらいかもしれないな」

「でしょうね」

 彼が正直な感想を述べると、静花は相槌を打ち、それから手直しをするために、袖の辺りを引っ張ったり折り曲げてみたりあれこれと弄り だした。手持ち無沙汰のガーラントは、改めて間近で静花という女性を観察してみる。

 

  暗褐色の、少し癖のある長い髪を高く結い上げ、飾り気のない髪留めで纏めている。目の色は髪と同じか更に深い褐色で、やや吊り上った目元が気の強そうな印 象を生むが、今は伏せられている。肌の色は旅暮らしを裏付けるように焼けていたが、基調となる色は、オルヴァリー大陸よりもフィルティア大陸出身者に良く 見かける象牙色のようだ。鼻は低くはないが高くもなく、化粧気のない唇も、控えめなボリューム。もう少し彫りが浅ければ、相当のっぺりした顔立ちになった だろう。申し訳ないが、身内の贔屓目を抜きにしても、ガーラントの母親であるディアナや、妹であるサキカの方が一般的基準の美人に当てはまる容姿の持ち主 のようだ。

 けれど、それを理由に彼女に魅力がないと決め付けることはできない。

  生き生きとした輝きを持つ瞳は目まぐるしく表情を変え、しかも時折謎めいた彩りを覗かせる。細身の身体から作り出される行動は、似合わぬ豪快さを見せるの に、無駄のない洗練された動作、時としては優雅にすら思える仕草が現れ、目を離せなくなる。快活で生気に溢れた笑顔は見た目相応なのに、ふとした瞬間の表 情がとても清冽で深い何かを感じさせるアンバランス。彼女が自ら明かした通りに、ディアナの養い親でもあったのならば(クリスタルテイカーの年齢が時とし て外見にそぐわないものである事は、彼も知識としては知っていたのだが、未だどうしても信じきることができないでいる)、その眼差しの複雑さも当然なのか もしれないが……

 

「……? どうしたの? もう動いても大丈夫だよ?」

 じっとしたまま黙りこくっていたガーラントに、静花は不思議そうに声をかけた。目を瞬かせる様は、やはり年上とは到底思えない。

「いや、何でもない」

 ガーラントは首を振った。

 

「なら良いけど。明日には直しも終わらせるから、また着替えて夕飯の時に食堂にでも持ってきてくれる?」

「ああ、分かった……済まない、よろしく頼む」

「ふふ。なんだか懐かしいな

「え?」

 頷いた後に付け加えると、彼女はくすぐったそうに笑った。それと共に呟かれた言葉が聞き取れずに訊き返すが、静花は「何でもない」と 首を振る。

「じゃあ、また後でね?」

 彼女は上機嫌のままに部屋を出て行った。

 ガーラントは溜息を吐いて、それから元の服に着替えなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 ばっく ほーむ ねくすと

 

使用素材配布元:LittleEden