それから更に数日が経った。

 幸いなことに静花の料理の腕前に対する怯えは杞憂で、香草と合わせて煮込んだ魚のスープはおいしくいただくことができた。

 翌日からのマイクの料理も手慣れていて不味くは無かったが、何となく、静花の手料理には懐かしさを覚える。

 考えてみれば、母親も妹も、何かと香草を使った料理を好んだ。

 闇雲にぶち込んで壊滅的に仕上げたのが母親ならば、母親の失敗を教訓に抑制を覚えたのが妹。なるほど、正しく加減をすれば、香草を多 用してもこんな味になるのかとガーラントはようやく母の苦闘の訳に納得した。

 いずれにせよ、あの母に再現は無理だ。元々難しいバランスを、ただでさえ家事に不向きな母が模倣しようというのだから。

 

 

 

「……そう言えば、毎回新鮮な食材を使ってる気がするんだが、どうやってるんだ?」

「釣ってくるに決まってんだろ」

 静花が簡易な衣服を調達してくれてからは、リハビリとして家の中を歩き回るようになり、ガーラントはマイクの仕事を手伝っていた。

 マイクの仕事というのは、主に食事の支度と片づけ、それに薬品の管理といったものだ。薪割りなどもしているのだろうが、ガーラントが 起きている間はマイクはいつも家の中にいた。

「釣る? 近くに川があるのか?」

「村の西から河原に降りられるんだ。種類はあんまいないけど結構釣れるんだよな」

「それは知らなかった」

 さらりと言われたので、ガーラントも単純に頷く。この場所そのものを村の外れとしか聞いていなかったので、格別異和を感じることもな かった。

「っとそれは一段下に頼む」

「上がこんなに開いてるのにか?」

「あいつの背じゃ届かないだろ」

「へえ」

 ガーラントは素直に感嘆した。

 さらっとその回答が出たことに対してだ。

 普通、彼のような年頃であれば、照れ隠し、ぶっきらぼうな受け答えでも不思議はない。

「何だよ!」

「いや、別に」

 と、思った側からむくれた顔をするのがおかしくて、ガーラントは笑いをかみ殺して、答えた。

 

「ただいま〜」

 玄関から声がかかった。

 ふてくされていたマイクはぱっと姿勢を正し、声の方へ歩いていく。

 その変わり身の早さに笑った分、ガーラントはやや出遅れて彼に続いた。

 どちゃっという擬音がお似合いな有様で、静花は荷物に埋もれている。先に立ったはずのマイクはおらず、気配に気付いた静花が、荷を整 理する手を止めてガーラントを見上げる。

「丁度良かった。これ、運んで貰える?」

 彼女が差し出したのは、一抱えある柔らかそうな包み。手を伸ばして受け取るが、見た目通りの代物。嵩はあるが大した重量ではない。

「構わないが、そっちのも引き受けるぞ?」

「んーじゃあ、これもお願い?」

 にっこり笑って、静花は袋を差し出した。

 中に入っているものと言えば食材か薬の材料かで、重量が増したと言っても些細なものだ。彼女の周辺には、依然として大量の荷が残され ていた。

「いくらリハビリ中だって、おかげさんで調子は良いし、そのくらいの荷物なら運べるけどな」

「いーのいーの。これはこっちの荷物だし」

 積み重なった長細い包みを指さすが、静花はけたけたと笑う。

「それに」

「こっちは片づいたぞー」

 彼女が続けた時、ドアから顔だけをのぞかせたのはマイクだった。

 静花は頷いて、積み上がった長細い包みをいくつか無造作に彼へ差し出した。

「じゃあこれ、とりあえず行けると思うけど」

「ふーん、どれどれ」

 受け取ったマイクはそれらを抱え、外へ消える。

 開け放たれたドアから見える風景を、ガーラントは興味津々に覗き見た。

 片側を雑木林に縁取られた細い道。高台にあるためか途中で切れた景色の先に、薄青い空が見える。家の周辺は小さな空き地になっている ようで、小さな色花がちょこちょこと顔をのぞかせている。

 柵はなく、雑然とはしているが、長く放置されたとは思えない自然な庭だ。

「彼は何を?」

「矢のいい出物があったから、今の内に調整をと思ったのね」

「彼はクリスタルテイカーじゃないのか?」

「専門家じゃないもの。武器くらい持つわよ」

「? 俺がくたばりかけたとき理術で助けてくれたのは君の方だったのか? 声のイメージじゃあ彼だと思ったんだが」

「うーん……」

 重ねての問いに、静花は困ったように首を傾げた。

「……ま、いっか。確かに、あの時の理術はマイクよ。あの人はあの系統の水晶と、相性? がいいらしくて」

 しばらく悩んだ割にはあっさりと言う。

 ガーラントは頬をひきつらせた。

「それで済ませていいのか? やけに破壊力の高い理術じゃないか。悪用されたら……」

「貴方だったら、何処の国に属したいと思う?」

 ぴたりと彼女は表情を止めた。

 ガーラントが、正当な組織に属している方が安全ではないかと暗に告げたことを汲み取っての質問だ。

「そいつは……」

 ガーラントは言葉を詰まらせた。

  非常に難しい問題だ。オーサでは徹底的に管理されるだろうし、ロッソやキルサイドを始めとして、オルヴァリー大陸の多くの国は現在政情が不安定だ。比較的 安定した場所としては岩留諸島があげられたが、彼処は小国の連合なので、下手をすれば内乱の火種になる存在を歓迎はしないだろう。フィルティア大陸にまで 選択肢をのばしたとしても、最大のファンには巫王の堕落や后・外戚の干渉など良い噂を聞かない……

「ま、家をもらっても定住しないディアナと同じってことかな」

 静花はにこりと笑って締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 ばっく ほーむ ねくすと

 

使用素材配布元:LittleEden