庸明殊は脂汗を流しながら居並ぶ同僚達を見返していた。

 

 

 久方ぶりに主だった将が顔を合わせた、宴の席。

 酒の入った彼らのうちの誰が言い出したのだろうか──話題は何故か、未だ夫人の一人も持たぬ庸明殊の女性の好みの話になっていた。

  この歳になるまで浮いた話の一つも無いのは、あまりにも堅物だからだとか(それはある意味当たっている)、忠義に一直線のあまりに色事には目が入っていな いのだとか(これもまあ尤もだ)、或いは、どこぞの夫人へ道ならぬ想いを抱いて一人耐え忍んでいるのだとか(そんなことは断じてありえない)。

 からかい混じりに仲間達が次々と予想を立てていく中に、爆弾を落としたのは──紀綜の「ただ単に理想が馬鹿高いだけでは?」という一言。

 本人の意向も聞かぬまま、更に彼等が喧々諤々と一般的な規定でいう「好い女」の条件を並べ立てて言った結果、はたと誰もが一人の名前に思い至った。

 

 それこそが、こんな馬鹿らしい盛り上がり方をしている彼らとは対照的に、今の時間を陽片皇子の警護に務めている筈の嚆矢将軍・紅朱宝。

  いつの頃からか楓軌を兄と慕い、ちょこまかとついてくるようになった、謎の少女。剣の腕は今一だが、何故か前線に立っても怪我をすることは少なく、その弓 技は忠耀老師や蔚の燕覇煉にも並ぶほどの腕前。雑多な知識を有し、医療の技を持ち、また、舞踊や楽にも才を見せるが、これまでその名は愚か噂として人の口 の端に上ることもなかった。橡州を誇る名将の一人は、謎多き美少女。(因みにそのほかにも謎多き美女や不思議美人姉妹など、橡州には一筋縄で行かない美女 が多数生息している)

 女というものは、多少謎めいていた方が男にとって魅力的に写るよう で、そうした色をつけた上で称されるのだから、実際の容姿としては、十人並みのやや上を行く程度。異国の血が混じっているためだろうか、赤茶けた髪に小麦 色の肌が、珍しいといえば珍しいのだが。それより何より。

 

 

 まあ、それはさておくとしても。

 

 彼女にはいくつもの恋愛の噂はあったが、何れも噂の域を脱せず。飄々として本心を見せない彼女の本命は存在するのかというのが、専ら女官たちの関心の的である事を、彼女らほどに恋愛ごとに常時の関心を向けてはいない男たちも充分に存じていた。

 

  確かに彼女には、同じく橡州在住の某美人宝飾師程の危険で人外かと思わせるほどの妖艶な魅力は無く、某美少女姉妹の片割れのような、別の意味で危険な特技 は無く、某美少女姉妹のもう一人の方のような、意志の疎通も困難と思わせるほどの無口さも無く、かつ、皇子や璃有の覚えもめでたく、相手を立てることも心 得ている常識人でもあるから、数々の才とあわせてこれほど優れた女性はいないのではないかと、その結論に至らせたくなることも、解らないでもない。

 

 だがしかし。

 

 だがしかしと庸明殊は思うのだ。

「各々方はおかしいとは思わぬのですか?!」

 悲痛な彼の叫びに耳を貸す者は、少なくともこの場にはいないようだった。

 

「楓軌将軍のお話を伺う限りっ朱宝殿は疾うに四十を過ぎているはずなのに……何でいつまでもあのお姿なのですかッ!

 

「庸明殊殿」

 取り乱して叫ぶ彼に、蕃佑が静かに声をかけた。

 それにほんの少しだけ心を落ち着けて、庸明殊は同意を求めるように蕃佑へと振り返る。

 蕃佑は生うむ、と頷いて、おもむろに告げた。

女性に対する年齢の話は禁句なのですぞ

「!!」

 最早抜け殻となった庸明殊には、何の言葉も浮かんではこなかった。

 

 

 

 

 紅朱宝。

 

 いつの頃からか楓軌の妹分を自称し、幻装討伐時には既にその傍らで腕を振るっていた謎の少女。

 それから幾年も過ぎた現在においても、彼女は相変わらず少女のままで在る。

 それは決して心根がどうの、若作りがどうこうという範疇の外にある、厳然たる事実だった。

 理を宿し、精霊族の血も持つ陽片皇子や、先に上げた異能の美女・美少女姉妹はまだ、異能であるが故にその事実を容認できなくも無い。

 だが紅朱宝、多才ではあるがあくまで常人にしか見えない彼女までもが年月を無視した存在であることが、彼女以上の常識人である庸明殊には不気味なことこの上なく思え、それを平然と受け止められる皆の図太さが、到底信じられないものなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

基 進 


 真面目な堅物をいじり倒してみよう企画(笑)そんな意味での標的・庸明殊。シリアス期待してた方はごめんなさい〜 
素材提供元:LittleEden