「……ふーん」

 それがルーの第一声。

 街道にたたずんでいた彼は、一見、どこぞの令嬢かという美貌の主で、びしばしと不機嫌な空気を発していなければ当たりの男が放っておかなかっただろう。

 けれど放たれた声からは、紛れもない青年であることがわかり、たまたま居合わせた幾人かが、がっくりと肩を落として去っていくのが、ますます彼の機嫌を悪化させたようだった。

 この彼に平然と声をかけられる当たりも、ウキハシならではのことか。

「ふーんて、うちまだ何も言うてへんのやけど」

「それ以外、何を言えばいいのさ? これ以上珍獣扱いはごめんだし、取りあえずさっさと移動してくんない?」

「別にかまへんけど……堪忍してや? ルーはもともとこないな性分やさかい」

 微妙に刺のあるルーに受け答えした後、ウキハシは両手を合わせて桜華に言った。

 聞きたいことも、言いたいことも、いくつもある。

 しかしここには、周囲の耳目もある。下手なことを喋るわけにもいくまい。街道とはいえ、まだすぐそこに警備兵が立っているような場所なのだ。

 桜華は首を振って、気にしていないことを二人に伝えた。

「あ、そ。じゃ、早くしなよ」

「へえへえ」

 ぷいと横を向いて歩き出したルーに苦笑を向けて、ウキハシは再び桜華の背に手を添えて、彼の後を追う。桜華も素直にそれに従った。

  ウキハシがなぜか人違いをした、という可能性も考えなくはなかったが、ルーとの短いやりとりで、そうではないと確信した。二人の思惑が奈辺にあるのかは知 れないが、門を潜り出る絶好の機会を見逃すには惜しい。それに、この二人相手では、彼女一人にどこまで抵抗できるものか。

 桜華はちら、ときらきらしたウキハシの容貌に視線を走らせる。

 奇抜な装いに目を奪われがちだが、やはり、それがなくともなかなかに整った顔立ちの女性だ。彼女ほどに目立つ姿の女性と共に在れば、自然と、注目されながらも意識には上らない、背景の一部に成り果てるらしい。

 先ほどの兵士だけではなく、街道の警備兵までもが、彼女にこそ注視すれど、桜華やルーを素通しする事実に、桜華は喜ぶべきか嘆くべきか、暫らくぼんやりと考え込んでしまった。

 

 

 

「で?」

 街道を三刻ほど歩き、少し外れた木陰での小休止。

 それまでむっつりと口を閉ざしていたルーの発言は、やはりとても短い。声色同様の不機嫌顔で彼が眼差しを呉れるのは、もとよりの旅の同行者である筈のウキハシの方。

「いつまでそんな馬鹿げた格好続ける気?」

「ルーはごてごてした衣装嫌いやものなぁ」

「っ!」

 苦笑するウキハシに言いかけた言葉を、ルーは無理やり飲み込んでそっぽを向く。

 くすくすと、可笑しそうに笑う彼女の声を、桜華は初めて耳にした。

 ウキハシはしゃら、と音を鳴らす簪や鈴飾りを、一つ一つその場で取り去っていった。

 解けた髪が流れると、周囲の景色とも調和する、すがしい香りが桜華の鼻腔を擽る。

「はあ。えろう肩に響くわあ……今はこれで堪忍したって」

「ったくそんな格好のままうろつくなんて非常識にも程がある」

「ルーに非常識言われても信憑性ないわあ」

「あの」

 ほうっておけば幾らでもじゃれ続けそうな二人の様子に、桜華は意を決して口を挟んだ。

 振り返る二対の眼差しが、半端ではない圧力を生む。

「お力添えをいただき、ありがとうございました」

 まず述べるのは、彼女らへの謝意。

 首を垂れる桜華につられた様子で頭を下げるのはウキハシで、ルーはまた明後日の方へと顔をそむける。

「ご丁寧に、おおきにはんどす」

「ですが、何故お二人は私を?」

「──可憐将軍はんのお身内が、肩身の狭い思いをしてはるいう噂を聞きましてな、丁度通りがかりにお見かけしましたさかい、これは思うて差し出口を挟ませてもろうたのですわ」

 返答には僅かの間があった。

 ルーは相変わらず仏頂面を背けており、異国訛りに紛れたウキハシの言葉が、どこまで真実なのか、桜華には掴みきれない。

 ただ、その間を指摘したところで、異国の言い回しを芳国流に置き換えるための一拍と応じられるだろう事は、簡単に予測がつく。

 全く、食えない相手の手を掴んでしまったものだ。

 桜華は内心で溜息をついた。

「差し出口などとんでもございません。おかげで助かりました」

「でなぁ、うちらこれからちょお南の辺境回る予定なんやけど、桜華はんは如何しはります?」

「南、ですか。私にはこれといった当てがあるわけでもないのですが」

「せやったらあ、このまま一緒にいかはりまへん? うちの知り合いの、ちょいとした情報通もおりますのや。可憐将軍はんの消息もつかめたらええですやろ」

「お心遣い、ありがとうございます」

 表向きは穏やかにウキハシに応じながら、桜華は彼女への違和感を募らせていく。

 それすらも気付いて知らぬ振りをしているのか(少なくとも、同行するルーが桜華を警戒しているのは明らかだ)気に留めていないのか、幾らか身軽になったウキハシは、またにっこりと笑んで、

「ほな、そろそろ旅の再開やね」

先頭に立って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

戻 基 進 

 

 ウキハシの格好は、
頭→芸妓さんのような結い髪に、簪を沢山。肌→ガングロ系のファンデ塗りたくり、頬に星型ラメを貼り付け。服→丈の短めな着物。足元→勿論ぽっくりもどき。アクセサリ→ジャラジャラ音の鳴りそうな造りのものを各所に。
ルーでなくとも一緒に歩きたくないと思う。

素材提供元:LittleEden