SCENE7:境界上

「イヤなことさらっと言わないでよね」

高内瑞穂

 

「たいっっっっっくつよねー。ふぁぁーあぁぁ……」

 瑞穂は大きく伸びをしながら、とても眠そうな声で言った。

 ロム達が旅立ってから早数日。残された二人は、定時連絡や船体の微調整の他にする仕事もなく、ぼんやりとした時を過ごしていた。

 

「何もないっていうのは、いいことじゃないの? こんなに不安定な場所じゃ、船体の一箇所や二箇所、歪むとかするんじゃないかと思って いたけど……」

 手紙を書く手を止めて、三田は苦笑を返す。今は瑞穂がモニタをチェックする時間で、仕事もなく、仮眠を必要とするほどの疲労もなかっ た彼は、この前届いた知人からの手紙に返事を書くという暇つぶしを思いついたのだった。

「イヤなことさらっと言わないでよね。ったく……あんたみたいなのにどーして弘之がなついてるのか疑問だわ」

 途端に瑞穂はげんなりとした表情を作る。

 こんな次元の狭間で船体が歪んでしまったら、中にいる生身の人間は無事では済まないだろう。いや、「生身」でないヒューマノイドのユ リアンだって、動力を切って眠りについている以上難を逃れることはできないはずだ。それをこの男は何の気負いもなく……

 これほど長い間三田と二人きりでいるのは、実は初めてのことであったので、瑞穂は何となく身構えていた。常日頃から、話を弾ませるよ うな人間ではないと感じていたが、顔をつきあわせたまま黙りというのではあまりにも息苦しい。だからこうして、何かにつけて話題を見つけようと話しかけて みるのだが。

 

「俺は嘘は言わないからね」

 

 肩を竦めて言っただけで、三田はもう、手元に視線を戻している。

 それで会話は済んだと見なしたのだろう。ひどく素っ気ないものだ。

 これが、弘之やロムを相手にするときならば、彼も少しは取っつきやすい面を見せるのだが。

「あーのーねぇっ! こっちがせっかくハナシ振ってンのに何でそう……! も、いーわ」

 怒鳴りつける途中で、眉を顰める三田の仕草に目を留めて、瑞穂は口をつぐむ。

 むくむくと涌いてきたのは好奇心。

 彼女同様、三田も故郷―――エスジェリアのことをあまり話したがらない。

 触れられたくない思い出でもあるのだろうとは察していたが、それは彼女も同じであるので敢えて気付かない振りをしていた。

 そんな三田が、故郷の知人と手紙のやりとりをするとは……かれこれ四年のつきあいになるのだが、彼女の知る限り、初めてのことではな いだろうか?

 

 瑞穂はすくっと立ち上がった。

 

 手早くお茶を入れる準備をし、カップを置くついでとでもいうように、横目で三田の手元を盗み見る。

 丁寧で読みやすい文字が、薄緑色のレターパッドにきちんと整列している。その傍らにあるのは、かなり厚みのある便箋の束―――こちら は半分に折られていて、僅かも中身を見ることはできなかった。

 

「何か?」

 ちらりと目を上げて、三田は短く問いかける。素早く書きかけの手紙を裏返し、更にその上に手を置くことで、彼女の視線からそれをガー ドする。

「そんなに露骨に隠すことないじゃない。何、彼女へのラブレター?」

 瑞穂はそのだめ押しぶりが気に食わず、そんなはずはないとわかっていながら問いかけた。

「そんなんじゃないよ。手紙くらい、書くことあるだろ?」

 特にむっとした風でもなく、三田はまた簡潔な言葉で切り返してくる。

 知識として、知っている。互いの故郷が極めて似通った文化を―――発展レベルを持っているのだと。

 だからこそ余計に、何食わぬ調子のその言葉は瑞穂をひどく傷つけた。

 

「書かないわよ」

「……ごめん」

 瑞穂がぴしゃりと言い返すと、三田はあっと表情を止めた後、視線を落として謝った。自分の失言に気がついたらしい。

 

 瑞穂と三田はほぼ同じ時期に次元管理局に入ったから、彼女が故郷について触れられたくないということを、三田も十二分に理解している はずだった。入局当初の、彼女の取り乱し様は、彼だって目の当たりにしているのだから。

 

「そんなに暗くなんないでよ。どーせ、ラブレター書く相手なんて元々いなかったんだから」

 今度は必要以上に神妙な顔つきになってしまった三田に、瑞穂は大袈裟に明るい声で彼を茶化した。

 同情めいた素振りなどされては、余計に自分が惨めになる。

「本当に、そんなんじゃないんだ。その……家族には「海外の仕事」って説明してあるから、事情知ってるヤツに辻褄合わせ頼んでてさ」

「辻褄合わせって……何年も過ぎてからやるものじゃないでしょ?」

 

 半年、消えていただけで瑞穂の戸籍は抹消された。

 彼女の「家族」は、瑞穂がそこに戻ることを待ってはくれなかったのに。

 それよりずっと長い間消息不明でも、待っていてくれる者のいる三田を、妬ましく感じる。

 瑞穂は呆れながらも、その妬ましさを隠さない拗ねた口調でつっこんだ。

 

「三ヶ月に一回ぐらいは連絡とるようにしてるよ」

 三田は気まずげに、カップを取り上げながら返答する。

 

「そんな暇ないじゃない」

「休暇の時とか、非番の時とか……普段の連絡は、端末で済ませてるし―――電脳師なんだ、相手」

「ふ……ん」

 瑞穂の胸の奥がちくりと痛む。彼女の身近にも、似たような力を持つ人がいたから。

 大好きだった。歳は離れてたけれど、とても気があった……大切な「姉さん」

 けれど彼女も、瑞穂を待っていてはくれなかった。

 

 

「その……やっぱり、ユリアン起こしてこようか?」

 またまた地雷を踏んでしまったことに気付いたらしい三田は、間を持たせるように気弱な口調で提案した。

 瑞穂はそんな彼の気遣いに、苦笑して首を振る。

「いいわ。あたし、ユリアンのがもっと苦手だし」

「そういえばそうだね……似たところ、結構あると思うけど、同族嫌悪ってやつなのかな」

「あんたねぇまたそやって、イヤなことさらっと言わないでよねっ」

 天然なのか故意なのか……三田は彼女が言われたくないようなことばかりを口にする。

 肩を怒らせた瑞穂は、三田に背を向けた。

 

「どうしようもないんだ。俺が口を開くと、高内さんに対してはどうしてもそうなってしまうから、だからごめん。話がしたいなら、ユリア ンの方がずっとましだと思うよ」

「もうい―――ッ!」

 

 妙に神妙な声色で告げる三田に怒鳴ろうとしたのを、途切れさせたのは、視界に飛び込んできた小さな光点だった。

「なによ、これ……!」

「微弱な、電波の一種だね」

 即座に異変を察してよってきた三田が、冷静な言葉を返す。

 今までのやりとりなどなかったように、彼は瑞穂のすぐ隣に腰を下ろしてコンソールを操作する。

「……単純な波長だし、大して強くもないから、ただの発信器だと思うけど……どうしようか。ジャミングするのは簡単だけど?」

「……からないわ。いい加減、そろそろ連絡来ても良い頃だけど」

 瑞穂は唇を噛んだ。

 一体、いつからこの電波が発信されだしたのかわからない。振り向いたときには、既にモニターの中に瞬いていたのだ。

 

―――あたしが、目を離したから……!

 

 後悔先に立たず。

 こうなってしまったら、「現場」と状況確認してからでなければ対処できない。

「発信先は割り出せないな。不特定多数に向けられているのか、もしかすると、何かを探しているのかも知れない」

「何処いくのよっ!?」

 溜息をついて立ち上がった三田に、瑞穂は慌てて声をかけた。

「やっぱり、ユリアンを呼んでくるよ。あいつの方が機械に強いだろ? 高内さんは二人からの連絡を待って」

「……わかった」

 三田は励ますように微笑んでブリッジを去った。

 残された瑞穂は、両手を握りしめてただじっとしている他なかった。

 

―――早く、連絡寄越しなさいっ

 睨み付けるモニターでは、問題の光点と重なり合うほどごく近いところに、光点と等速度で動く変換アダプターの信号が明滅していた。

 

 

 

 

『定時連絡……UESHIMAからLACRAへ』

―――あんたねぇ! 定時って言葉の意味判ってる? 一体どんだけ間あけてんのよッ!!

『しょーがないだろッなかなか一人になれなかったんだから。これでも慌てて連絡してるんですよ!』

―――何よそれ。単なる自業自得じゃないッあんた立ち回りへたすぎ!

『言われなくてもわかってますよ! で、ロムさんの方はどなってんですか?』

―――メイスン・ギルドを順当に通過して、フォートナム・ギルドに入ったあたり。座標は狂ったけど行程は問題ないわよ?

『わるぅございあしたね! どーせ俺は計画性ゼロだよ!』

―――あーうるさい、あーうるさい。マイクに向かってどなんないで頂戴よ。

『ったく! 切るぞ! 切るからな!』


―――待ちなさいよ!

『あ?』

―――あんた達のあたりから、暫く気になる波長の電波が発信され続けてるわよ? 気をつけなさい。

『……っぱりな……わかってる。じゃーな』


―――また“定時”にね。

―――プツッ


『アイツ―――!』

 

 

 


 

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