SCENE6:境界

 「オレの身元確認取りたけりゃ、21番地のマギー婆さんトコ行ってくれ」

チャーリー・ウィッタード

 

 

 

「だからさぁ……こいつらは荷物持ちで、楽器のパーツの買い付けに行くところなんだって。オレは楽器職人で、知り合いか ら預かったこいつらを、まっとうな修理屋に育て上げなきゃなんねぇんだよ、わかるか? まっとうな修理屋になるには、まっとうなパーツってものを見分けら れなきゃなんねぇ。それにはまず売り物を見せることから始めるっきゃねぇんだ」

 チャーリー・ウィッタードは心底疲れ切った様子で相手に言い聞かせた。

 ウェッジウッド・ギルドとの境界に辿り着いて三十分。交通量の少ないゲートに他の旅人は居らず、その間中ずっと、ウェッジウッド・ギ ルドの監視兵と押し問答が続いている。

 南東にアーマッド、北東にメルローズ、西と北には荒野を臨むリプトン・ギルドの残り部分に隣接する、三つ目の(そして最後の)ギルド ―――それが南端のウェッジウッド・ギルドだ。

 ユアナの面が割れている北東地域、もとより監視の目の厳しい、その上に既にチャーリーが睨まれているアーマッド側境界を避けた結果、 リプトン・ギルドからの脱出ルートとして他に選択の余地はなかった。

 広い荒野を抜けきってしまえば、ウィンストン・ギルド、ダロワイヨ・ギルドなどがルートとして開けてくるのだが、そもそも、あの荒野 を横断している時点で「後ろめたいことがある」と宣伝しているようなものだ。この先の道行きを穏当に済ませるためには、怪しまれるポイントはなるべく増や さずに過ごしたい。

 移動手段の持ち主である男二人の共通意見に基づき、わざわざ荒野を大回りしてウェッジウッドの境界まで辿り着いたのであるが……

「い、いやしかし、これは規則ですので、そちらのお二方の身分を証明するものを見せていただかないことには、この先を通すわけに は……」

 まともなギルド領民であれば誰でも手に入れることのできる通行証を、三人中の二人が所持していないこともあって、境界の監視兵がなか なか道を開けてくれない。

「マイスター様の言葉だけじゃ信用できないってのか?」

「い、いえそういうわけでは……」

 交渉役をチャーリーにまかせきったユアナと“凪”は、APの柵に寄りかかって退屈そうに彼らのやりとりを眺めている。

「誰よ、通り抜けるならウェッジウッドがいいって言ったの」

 ユアナが監視兵には聞こえない小声でぼそっと呟くと、

「お前だって賛成しただろうが」

同じように不機嫌な口調で“凪”も返す。

 “凪”の視線はそれでも油断なく、交渉役以外の監視兵や監視塔に向けられていた。

 長すぎる交渉の裏に、何か別の意味があるとすれば。

 

 

 チャーリーのことを完全に信用したわけではないのだ、まだ。

 

 

「じゃ、いいんだな?」

 不審げな眼差しを向けられていることにも気付かず、チャーリーはごり押しで交渉に片を付けようとする。ずいっと前に進み出た彼のRP を、監視兵は慌てて制止した。

「だ、だだだだだめですっいかにマイスター様といえども、わ、我々がカンリシャ様に怒られてしまいますっ! それに……」

「あん?」

「あ、あなたが本物のマイスター様だという保証はな、ないじゃないですか」

「こんなモノホンのRP何台も持てるのなんて、マイスターでも限られてくるぜ? 勉強不足だな」

 チャーリーは心底呆れ返った口調で切り返した。

 “虹色の翼持つもの”または“天駆ける黒き船”によってもたらされたという、昔日の技術を遙かに越えた装置。富と権力と知識の象徴と されるラウンド・プレートは、当然の如く、それを整備できる者自体が限られているのだ。例えマイスターの元から盗み出すことができたとしても、簡単に乗り こなせるものではない。

 それを操ることができる時点で、ギルド中枢の人間であることの証明ともされるのだから、遊民の少年にしか見えない“凪”が、それ(厳 密にはAPというらしい)で逃げるのを見たときのリプトン・ギルド正規兵の驚きも、いかほどかというものだ。

 実にもっともな指摘をされ、監視兵は言葉を詰まらせた。

 しっかりした通行証を持たない人間を通すのは、重大な規律違反だ。しかし、曲がりなりにも友好関係にあるギルドのトップクラスマイス ターをいつまでもこんな関所に留めていては、国際問題にまで発展しかねない。だからといって通行証のない人間をすんなり通して、一体何のための関所だ?

 ぐるぐる悩む監視兵に、チャーリーは苦笑を投げかける。

「そうそう悩むなって。別にウェッジウッドの偵察に来た訳じゃないんだ。ほんのちょこっと通り道にしたいだけだから、な?」

「うっ」

「お宅のギルドで騒ぎは起こさない、それでいいだろ?」

「そ、それなら……まぁ……」

 重ねて畳み込まれて、ついに監視兵も折れたようだ。渋々道を開け、それでも不安そうに、自分を見ている同僚達や、マイスターを名乗る 男、その怪しげな連れ二人を見遣っている。

「ありがとなっ」

「ほ、ほんとうはぜったいダメなんですからね? 他の人には内緒にしてて下さいよ」

 気弱に念押しする監視兵に面倒臭そうに頷いて見せてから、チャーリーは交渉成立の合図を二人に送る。内緒にするも何も……この二人を 抱えているのでなければ、幾ら彼でもこんな無茶は通させない。

 チャーリーはびくびくする監視兵の脇を通り抜けざま、ほんのついでと言った口調で言い添えてやった。

「あ、そうだ。一応オレの身元確認取りたけりゃ、21番地のマギー婆さんトコ行ってくれ。間違いなく保証してくれるだろうさ」

「!」

 それがますます監視兵の混乱を煽ることになったのを、見越していたのかどうか。硬直する彼に、二台目のRPを操る少年達が頭を下げた のを見届ける余裕はなかった。

 

 

 

「やれやれ、職務熱心なのはいいけど、ああまで融通が利きにくいとは思わなかったぜ」

 監視塔が見えなくなるほどの距離を進んでから、チャーリーは苦笑混じりに話しかけてきた。

 始終黙りの二人組を和ませようとでもしたのだろう。僅かながらRPを減速させて“凪”達のAPに並べ、寄ってくる。

「役所仕事なんてあんなもんだろ」

「そりゃま、そうだけどな」

 “凪”が仏頂面を変えずに投げやりな答えを返すと、チャーリーは大して気にも留めず肩を竦める。

「テキトーに通行証つくっちまえばよかったんだよ」

「簡単に言うなよ、“一介の”マイスターにそんな権限はないの」

「……」

「って、あれ? ユ……じゃなくて、風子ちゃん?」

「……」

 憎まれ口をたたき合おうとすると、ユアナの沈黙が気に懸かった。ユアナは無言でじっと、物怖じしない“凪”の横顔を睨み付けているよ うだったから。

「時間長引いたの俺のせいじゃないだろ? ったく、にらむならそっちのおっさんにしろよ」

 “凪”はそんな彼女の態度に軽い愚痴を洩らすばかり。

 睨まれる原因といえば、彼にしてみればそんなことぐらいしか思いつかないようだ。

「おいおい、おっさんはないだろおっさんは……」

「……も、いい。それより、チャーリー様?」

 視線の意味にまったく気付かない“凪”に溜息を吐き、軽く頭を振ってから、ユアナはチャーリーに向き直った。“マイスター様”に対す る“凪”の態度を、幾ら気にしてもしょうがないと、諦め混じりに考えながら。

「ん? チャーリーでいいぜ?」

「……チャーリー様、“21番地のマギーおばあさん”って……」

 わざと、ユアナは“様”を強調して言った。遊民の少年はともかく、少なくとも自分は、善良でまっとうなギルド民であることを意識する ように。

 一般のギルド民は、“マイスター様”と面を向かわせることさえ、滅多にないのだ。砕けた言葉で話すことなど、赦されるはずもない。

「……」

「クッ」

 鼻白むチャーリーに“凪”は失笑する。少年にイヤそうな目つきを向けてから、チャーリーは

「まあ、昔なじみの、知り合い、かな」

言葉を濁す返答を返した。

 

 

 

 

 

あたしは何故、あんなヤツをそう呼ぶことに決めたんだろう?

“凪”……一番大切な、あのヒトにつけた呼び名


あいつはどうして、平然と“マイスター様”と言葉を交わせるの?


マイスター様……イメージとは全然違うけど、

それでも、まるきり得体の知れないあいつよりはずっと

ずっと、信頼できるはずだよね


だって、マイスター様なんだもの


わからない

どうしてあいつに、ついていこうとするのか


マイスター様さえ、

カンリシャ様さえにも敬意を払わない遊民


なのに

マイスター様でさえ知ってるとは限らない昔のことを

あいつは、当たり前のように口にする……


あいつって一体何?

どうして、マイスター様を知っているの?


どうして、

そんな不思議な装置をいくつも使いこなせるの?


どうして……


どうして、あたしはあいつを“凪”と呼べるんだろう?


いつもの夢が見れないのに

 

 

 


 

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