音もなく波の打ち寄せる夕闇の浜辺。
 その人は、何かを求めるように、髪を揺らす風の行方を目で追いかけている。
 そこに、じっと立ちつくしたままで。

 

 ああ、またあの夢を見ているの。
 あたしは、どこか遠い場所でそう思っていた。
 どこにあるのかわからない、砂浜。どこにいるのかわからない、その人。
 いつか出会う日が、来る?
 寂しそうな、何かを諦めてしまったような、その人。
 出会えるなら、救ってあげたい。

 

 やがて、夕闇が宵の闇に代わり、皓々とした満月が、その人の影を映し出す。
 夜の波は不思議と穏やかで、何かを待ち続けていたその人は、唇だけで薄く笑う。

 

 「悲しそうな、人……」
 口をついて出た言葉は、彼には届かない。
 あたしは、遠い場所にいるから。
 これは、夢の、中だから。

 

 その人は、表情を消して歩き出す。
 波打ち際。足跡はすぐにさらわれていく。
 風に流されて、月を隠す、雲。
 途端に、世界は暗闇に覆われてしまう。

 

 「まっ……」
 言いかけた言葉。のばしかけた手。けれど。
 あたしはそれ以上どうすることもできない。
 彼は別の場所にいる。
 これは、いつもの、あの夢。

 

 ひときわ強く吹いたあとで、風が止んだ。
 雲は流されて、隠れていた月は、また世界を淡色に照らす。
 そこには、もう誰もいない。
 ただ、静かに寄せて返す波が、月明かりにきらめくだけ。
 それは、この夢の終わり。

 

 けれどあたしは信じている。
 いつか、きっといつか、その人に出会えることを。
 いつか必ず、その浜辺で、彼を抱きしめてあげるのだと……

 

 


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