「え? シオ?!」

 ニコニコと包みを開けた淳は頓狂な声を上げた。

「そうだよ〜焼き鳥っていったらシオに決まってんじゃん!」

 えへんと胸を張って、包みから串を一本失敬するのは園花。幸せそうにネギマをはふはふ頬張って。

 

「信じらんない……」

 呆然と淳が呟いたのがきっかけだった。

「え?」

「普通焼き鳥っていったらタレだろ?! しかもつくねが入ってない!」

何言ってんの?! ダイタイ淳つくね欲しいなんて言わなかったじゃん!」

「言わなくてもそのくらいわかるだろ! 何で皮があってつくねはないんだよ!」

 二人は焼き鳥屋の包みを間に挟んで、帰りが遅いことを心配したそれぞれの家族が探しに来るまで、延々と焼き鳥の味付けを巡って大騒ぎで喧嘩し続けた。

 

 今思えば、とてもくだらないことだ。

 それでもそのときは二人とも大真面目に言い争っていて、その後暫らく、顔をあわせれば口論ばかりを繰り返していたことを覚えている。

 

 

 

I wish you'll be happy

 

 

 

 ウィンドウの向こうでは忙しなく人が歩きすぎていく。

 夕方のラッシュにはまだ少し早く、交差点を通過する車の流れは順調。

 制服なのか、揃いのスーツに身を包んだ男達に挟まれて一人小さくなって座る園花は、とても異質で、居心地悪く感じる。

 

 

 遅れて車に着いた丞羅は助手席に座り、ハンドルを握る無愛想な男にすぐ発車させるように告げた。

 その言葉以来、車内はずっと無言。

 ラジオから流れる洋楽のメロディだけが空々しく響いている。

 

 

───パチ。

 

 信号で車が停止すると、丞羅は指を伸ばしてラジオの局を切り替える。

 理由は明白。

 切り替わったと同時に、電光掲示板で見たのと同じニュースをアナウンサーが読み上げ出す。

 

「こんなに大々的に騒ぎ立てられるのは初日だけだから」

 男性アナウンサーの声を背景に、丞羅は初めて園花を振り返り、言った。

 

「桐羅姉のシナリオでは、『熱狂的なファンが侵入してきたのを取り押さえようとしてプロデューサーが負傷。SONOKAは事務所に内緒でカウンセリ ングを受けに行っていた所で、全く関係ない場所で無事発見されたが、事件を耳にして引退を決意───事務所の過剰な演出が負担になっていたことも引退理由 の一つに挙げる』っていうことになるらしい」

「……」

 そんなでたらめが通用するのか、問いかけようかとも思ったが、園花は結局言葉なく頷くのみにした。

 彼らの言う『シナリオ』を疑ってしまったら、今の園花には頼るものが何もなくなってしまう。彼らに救いを求めた以上、それが通用することを願うしかない。

 

 

 

 

「俺は、こういうややこしいのはイマイチ苦手なんだけどな、ウチには確かにカウンセリングの部門もあるし、マスコミ方面に顔広いのも色々いるから、まぁそんなに重く考えなくてもいいだろ」

 彼女の無言を不安や緊張と受けとめたのか、丞羅はぐっと砕けた口調で言葉を重ねた。

 彼の隣で、ハンドルを握る男が、微妙ではあるが呆れたように表情を変える。無愛想に見えても、ひどく取っ付き難い相手ではないらしい。

 両脇に座る男達が変わらず無言・無表情であることは気にかかったが、前の二人が人情を感じさせる表情の変化を見せたことで、園花はほんの少しだけ肩の重みが軽くなったような気がした。

「……ヨロシクオネガイシマス」

 園花が小さな声で呟くと、丞羅はふっとやわらかい笑みを浮かべ、

「おぉ、まかしとけ」

兄弟や親しい友人に向けるような口調でそう請け負った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁそういや」

 園花の緊張をほぐすような当たり障りのない会話で過ごした道行き。

 丞羅が思い出したように言ったのは、目的地に車を止めて、後部座席のドアを開けた彼が、園花に手を差し出したときのことだった。

 彼がぱちんと指を鳴らしただけで両脇の男たちがへなへなの紙になってしまったことに驚愕していた園花は、その言葉で丞羅へ意識を戻した。

 

 

「園花ちゃんは焼き鳥好き?」

「え?」

 それまでの話と関わりない、全く予想外の問いかけに、園花はまともな反応を返せない。

 

「淳……だったかな、君の幼なじみからの伝言。「本当はシオもそんなに嫌いじゃなかった」って」

「淳……が……」

 

 

 

 じわり。

 園花の目元に、一度は乾いた涙が滲んだ。

 それは、淳とした中で一番大きな喧嘩の話───曖昧に終わらせた、けれど随分、前の話。

 

 

 

 

 

「あたしも……タレもつくねも嫌いじゃなかったのに……!」

 

 

 

 

 

 いつでも一番の味方だった幼なじみを心に浮かべ、園花はまた暫し涙を流した。

 もう一度彼に出会える日が来たなら、その時は───つまらない片意地を張らず、素直で在れるようにと願いながら。

 

 

 


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