霞の杜幻影展示場

夢幻戦域reboot

前哨戦

「どうっ?」

「変化なし。連中賢いよ」

 単刀直入に話が始まる。

 ぴりぴりした雰囲気が漂っていた。

 

 「強制送還させる。《智依名》は不適合の残留思念を探れ。できるな?」

 てきぱきと指示したのは《狙撃手》。

 そうか、残留思念。

 

 その手が……

 

「こっち、移されたから」

《湖泊》が先頭に立って走り出した。

 移し替えられた場所に、連中も何喰わぬ顔で紛れ込んでいるかもしれない。

 

「浄化準備。とりあえず、適当に抑えろ」

 相当荒っぽい方法になるが、仕方あるまい。

 私は納得して、反対側のドアにつく《湖泊》に頷いて見せてから、その教室に飛び込んだ。

 

 うっ……げろげろ……

 亡骸はさっきよりもっとスプラッタになったようで、私は気を入れ直してそれに近付いた。

 唱える、薬師如来真言。

 ぼうっと、光が浮かび上がる。

 

――!?

 

 その途端、私は自分の目を疑った。

 何、それ、そんなのって……あり? 

 

「OK、任せるよ《湖泊》!」

 驚いてばかりもいられない。

 すぐさま立ち上がり、場所を譲る。浄化するのは《湖泊》の方が得意だ。

 

「力場は?」

「……職員室!」

 答えると、すっと《狙撃手》が私を追い越した。

 全く無駄のない動きで、まるで赤と黒の塊が転がっていくような速度だった。
 

「場所、わかるの!?」

 スピードを上げて追いつこうとしながら、そう訊ねる。

 私達の今やることっていったら、連中の力の中心になっている場所を、根本から叩いてしまうことなんだけど。

 誰も、《狙撃手》に職員室の場所を教えていない。

  

「だいたいは」

 声だけが返ってきた。

 まあ、確かに、職員室のある場所って一般的に決まっているけど。

 この学校ってば、やたらと校舎が入り組んでいるのだ。

 やっぱり、追い越して先導する方が無難だろう。

  

「階段降りて、左曲がって!」

 赤いウィンドブレーカーにそう叫ぶ。

《狙撃手》は一息にカーブを描いて、階段を飛び降りた。

 黄色いざわめきが、耳に届く。

  

「ちっ」

 思わず舌打ちする。

 何も知らない連中にしてみれば、女子校にあんなど派手な男がやってきたら、焦りまくってしまうだろう。

  

 う゛う゛っごめんなさいぃ……

  

 そこで、聞いてるはずない人に謝ってしまうあたりが所詮は沖野。と自分で言ってしまおう

 その上、スマートな体躯に素早い身のこなし、長身で整った顔立ちといったら……

 あまり嬉しくない想像をして、私は階段を駆け下りた。

 こんな時、やはりスカートとは不便である。

 左右を見回して、《狙撃手》を探す。

 さっきの様子なら多分、下までは行ってないだろうけど……

  

「ねぇ、背、高い男の人来なかった?」

 構わず、手近の一年生に問いかける。

「ええっほら、やっぱりいたんじゃないっ!!

 あのかっこいい人のことですよねっ?

 さっき廊下曲がってきましたっ」

 彼女は近くの友達に言いつつ、そう答えてくれた。

「ありがと、ごめんねっ……おん

 聞くだけ聞いてから、ちょっとした力で今のことをあやふやにさせてもらう。

 悪いけど、後からの調整の妨げになるんだ。

 

 間違わずに行ったのだと理解して、後は私もそこへと向かう。

 渡り廊下を通過して、中央校舎、図書館の方に、曲がる。

 

 ビシッ

 

 頬を何かがかすめた。

 角を曲がった瞬間に。

「先生――!」

 右手で頬を押さえながら、私は何が起こっているのかを知った。

《狙撃手》に対峙する、灰色の服の塊――去年副担だった、田中女史だ。

 無言の睨み合いをしていた二人が、私の声に微かに反応した。

 桁外れ(いや、人間離れ、と言った方が正しい)の動作で、田中女史は私に近付いた。

《狙撃手》は、田中女史にロックをかけようとする。

 あの、誘導弾撃つときなんかにやるあれと、殆ど同じと思っていい。

 すると、

「コイツガドウナッテモイイノカ?」

ただでさえ不気味(おっと失礼。でも、私にとってはいつもそうだった)な声をますます奇妙にして、“田中女史”は言った。

 その手はみゅんと伸びて私の左肩を掴む。

 

――私をただの生徒と認識しての行動らしい。

 

 かつて田中女史だったそのものは、人質を取られて動けない(と思っている)《狙撃手》に勝ち誇った笑みを浮かべ、空いた手でさっき私の頬をえぐった白い物体――チョークを投げつけようとした。

 

《狙撃手》は、動かない。

 

「破っ!」

 それがまさに“女史”の手を離れようとした瞬間、私は利き腕で、その手ごとチョークをひっぱたいた。

 思わぬところからの反撃に、“女史”はクワッと目を開く。
 

「おんっ!」

 間髪を入れす膝蹴りをしてから、私は勢いよく飛び上がった。

 ぶちっという音がして、“女史”の腕が身体から分離する。

 それでも“女史”の指は、私の腕に深く食い込んでいた。

 恐るべき執念である。

 

 びしゅぅ

 

 やや間を置いて、緑色の液体があたりにまき散らされる。

 反応のとろい妖霊の体液が、傷口から溢れ出た。

 

 ブゥ……ン

 

 その時、ぶれるような感覚が一瞬だけして、《狙撃手》が今度こそ、無事にロックを完了させたことを知った。

 後は。

 

 だんっ

 

 私は《狙撃手》の側に着地する。

「オマ、オマエハ……!」

 腕をもぎ取られた“女史”は、キィキィした声で言った。

 いや、最早“女史”ではない、衣服の灰色と皮膚が同化したその姿は、人間とは程遠い、異形のモノだ。

 濁った瞳が、こちらを睨み付ける。

「小物が……」

 冷酷に、《狙撃手》が呟く。

 この人は、一度ロックした標的を逃すことはないと聞く。

 私は“女史”の腕であったモノを肩から引き剥がすと、ひとりごちるように真言を唱えだした。

「きゃ……か……ら……」

 言いながら、同じ意味の梵字を、腕だったものの上に指で書いていく。

 ひゅっ

《狙撃手》の手から何かが飛んだ。

 今度は、形のある、小さなもの。

 

 異形のモノ――妖霊はそれから必死に逃れようとして……窓から身を投げた。

 しかし、それは妖霊を追い、窓から飛び出していく。

「ギャアァァァァァァァー……」

 直後、絶叫が上がった。

 命中、したらしい。

 私はその音を聞きながら、最後の文字を綴った。

 

「……あ……」

 

 ぴきっと固まった“元腕”を、私は窓から放ってやった。

 あまりウマの合わなかった相手であっても、一応は弔ってやらなければなるまい。

 魂は、居場所を奪われてしまったのだから。

 私が唱えていたのは、墓を守護する真言だった。

 

「次」

「はい」

 息を吐くこともせずに、緊張したまま再び歩き始める。

 今のは軽い前哨戦に過ぎない。

 次はいよいよ、問題の場所に入るのだ。

唱えていたのは「きゃからばあ」という5音
2022/03/15 up
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