霞の杜幻影展示場

夢幻戦域reboot

ある帰り道

 学校が封鎖されて一月。代わりに通ってる塾の帰り道に、ばったり瑞緒に会った。

 瑞緒は私達とは違うトコの予備校に行っていたから、こうして会うのも本当に久しぶりのこと。

 話始めたついでに、つい近くのお店でウィンドウショッピングになだれ込んでしまう。

 

──ここのところ組織のことばっかり忙しくて、通りかかってもそんなこと思いつきもしなかったなぁ……なんて、ちょっと反省。

 

「沖野、沖野、ね、これ見てっほら。いつのまにか新刊だしてるっ」

 瑞緒さんがはしゃいだ声で文庫本を持ち上げて見せる。

 ウィンドウショッピングのはずが本屋さんにいるのは、やっぱり、瑞緒と私だからなのか。

 更にここに来た以上、絶対ウィンドウショッピングだけじゃ終わらない予感。

 

「おおっそれはっ……て、私それ読んでない。でも、ああっこんなところに『五つの歌の物語』がっ」

 案の定、歓声を上げる傍から別の本に目移りして手を伸ばす。

 今度は瑞緒はきょとんとした顔。

「え、それって何?」

「NNGの歌詞とか書いてる御津野コウ子さんってヒトの本なんだけど。クロケットでも何か出してる人、知らない?」

「あーあ、聞いたことあるかも……」

 

 因みにクロケットっていうのは、仲間内で流行っているライトノベル誌の名称だ。

 二人してそんな具合に本のことで盛り上がっていたとき、視界の隅に、メット持った鮮やかな色調のウィンドブレーカー着た女の人の姿が入ってきた。

 厳密に言えば、お店の中にもその時、入ってきたらしい。

 

「何? どうしたの?」

 急に口を止めた私に、瑞緒は凄く怪訝そう。

 私がその人に関心を払ったのは、そのウィンドブレーカーが広東一月さんのネーム入りのものだったのと、メットがSHOEIの結構新しいモデルのものだったから。

 広東一月さんはNNGのライブで2ndキーボードを担当してるサポートミュージシャン。

 なんだけど、そんな話してもNNGに興味ない瑞緒にはきっと呆れられるだけだから。

 

「え、ちょっと」

 と曖昧に答えるだけにした。

 

 その人は、レジのところに座っている店員さんに何か見せて、どうやら道でも尋ねている様子だった。

「えぇっと、それは……」

 店員さん、答えられずに困っているよう。

 それも無理ないと思ったのは、ここんとこに起きている妖霊騒ぎで、被害を受けたとか、次元が不安定だとかの理由で、数多くの交通規制がもうけられているからだ。

 どれもこれも日によって全然違ったところが規制されてるんだから、本当の事情を知らない一般の人達にしてみれば、しょっちゅうの立ち入り規制なんて全く訳がわからないだろう。

 

 私は、聞いてるお姉さんも聞かれてる店員さんも気の毒だなと思って、つい耳をそばだてる──知ってる場所なら教えてあげよう、とか。

 好奇心に限りなく近い親切心で。

 

「……そこの歩道橋のあたり、通れなかったんですよね」

「うーんと、そ、れじゃあ、こっちに回ってってまてよ、ここのアーケードの出入口、閉じてたんだっけ、開いてたんだっけ……」

「それって、どっちみち、単車通れませんよね、その行きかたじゃ」

「そう…ですねぇ。こっち迂回してもらって、この細い通路、S学園の脇の……」

 私はレジの前に立った。手にしてるのはブルージーン文庫のファンタジー小説だ。暇、あるわけじゃないけど、つい買ってしまう。

 文芸部員の悲しいさがかな()。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 店員さんはお姉さんに言って、私から本を受け取った。

 私は、何気ない仕草で彼らの前に置かれた手書きのものらしい地図に目をやる──やっぱりだと思った。

 聞こえてくる呼称からもしやとは感じていたけど、それは学校から塾から専門学校からのある本町方面の地図だったのだから。

 

「S学園の脇の細い道、今通行止めですよ」

 だもんだから、ついでとばかりに教えてあげる。

 途端に向けられるのは、救われたような二対の視線──お姉さんと、それから店員さんの。

「もしかして、そこら辺詳しいの?」

 店員さんが「四百二十円です」って言って私がぴったり出すのまでを待ってから、お姉さんはそう尋ねてきた。

 私は頷いて答える。

「えっと、一応そこの学校行ってたもので……」

 こんな時に意味もなく「一応」とかつけたりするのは、私の癖、一応。

 

 それを聞くと、お姉さん、ますます表情を明るくして、

「ここら辺の家具街、どう行けばいいのかわかります?」

指したのは例の、沙霧家のあるあたり。

 なんでピンポイントでそこなんだよ。

 冷や冷やしながら、地図の一部を指先で二つ丸くなぞって説明。

 

「えぇっと、こっち側と、こっち側、わけられてるんですけど、今」

「じゃぁ、ここらへんなんだけど」

 ううっま、まさか。

 やな予感、拡大。

 さらにお姉さんが限定した場所は、やっぱり沙霧家具店のあるエリアの方だった。

 

「うぅんと、なら、こう行けば、楽に通れるはずですよ。とりあえず何の規制も出てないはずですから」

「やだな、こんなに遠くなってんの? 家に帰るだけなのがこんなに大変って……」

 私が言いながら指でコースをなぞってみせると、彼女は心底嫌そうに眉を潜め、独り言を言った。

 

 確かに、ひどい回り道になってしまうのは、地図を見れば一目瞭然。

 そんなに規制がなかったころの道を知ってる人間にとって厄介さがなおさらなのは、当然と言えば当然だった。

 本当に、ここ二、三年の間なのだし、ここまで規制が増えたっていうのは。

 

 お姉さんはしばらく考え込むように地図を眺め、ややあって溜息交じりに肩を落とす。

「まぁ、しょうがない、か」

 

 そして顔を上げた時には、再び満面の笑みを浮かべながら、彼女は礼を言ってきた。

「どうも有り難う。これで道に迷ったなんて馬鹿にされないですむわ」

「いえ、それじゃあ、気をつけて下さい。一本でも間違うと、通れないんで」

 

 互いに会釈をして、別れる。

 お姉さんは店のすぐ入り口に止めてあったYAMAHAのTZR400に乗ると、もう一度だけ手をあげて走り去って行った。

 

 ちら、と店員さんを見ると、少しだけすまなそうな顔で私を見て、後は他の客の持ってきた雑誌のレジ打ちなんか、やっているだけ。

 まぁ、当たり前、かな。

 道案内は別に店員さんのお仕事じゃないし。 

 

「沖野ぉ、何だったの? 結局」

 なんとなく微妙にぬるい笑みを浮かべていると、瑞緒さんが横から顔をのぞかせた。

 手にカバーのかかった本持ってるから、私がお姉さんと話してる間に隣のレジでさっきの本を買ってたらしい。

 

「んー? 道、ほら学校のあたりの、さ。わかんないみたいだったから」

 答えてから、はたと気付く。

 

 これまで、何故か、学校へ行く道って、聞かれても答らんなかったんだよね。自分一人じゃ絶対。

 なのに、何故に沙霧家具店のあるあたりの、こ難しい規制含めた道の説明は、ちゃんとできたんだろう? って。

 何だか、あんまり嬉しくないなぁ。

 

 瑞緒さんは「そっかぁ」と軽く頷いて、そうしながら本をカバンの中、がさごそしまう。

 私もとりあえず、手に持っててもしょうがないので、瑞緒さんに倣って買ったのをしまうことにする。

 

 ふと、時計が目に入った。

 中学時代から愛用のアナログは6:30を少し回ったところ。

 私はあれ、と首を傾げる。

 

 そんなに、長居してたっけ?

 

「ねぇ、瑞緒さん、今何時?」

「え、うぅんと、5:30、だよ?」

「い、一時間も狂ってる。何故にぃ?」

 

 見せられた腕時計とついでにデパートのオーロラビジョンを指さされて、目を剥いた。

 急いで時刻あわせ。

 組織の性質上、時間には結構注意しなければいけないのに!

 

「えぇ? 電池ぎれなんじゃないの?」

「進んでるのに?」

「沖野の時計だもん。変だからさぁ、もしかしたら」

「こらこら……」

 言いながらカバン、持ち直して歩き出す。

 寄るとこ寄ったし、駅に戻らなくちゃぁ。

 

「あっそうだっ便箋見るのに●パル行くの、つきあってよ」

「しょうがないなぁ。で、本当は画材屋さんも行きたかったって言うんでしょ?」

 歩き出して直ぐの瑞緒さんの言葉に、肩を竦めて答えを返した。

 こうやって瑞緒さんと話してるうちに、なんだか、やっと普通の生活ってのを取り戻した気がする。

 そうして、一月もしないうちにそんなこともすっかり忘れていたんだなって改めて、気付いた。

 

……そぉかぁ。ちゃんと学校があったころって、こんな風にもしてたんだっけ。

 

 私は脳裏に過ぎる余計なものは更に隅っこに追い払って、久々にのぉんびりとした気分を味わった。

 

1時間は誇張ですが、身の回りの時計がどんどん進んでくのは学生時代の私の体験。
2022/12/05 up
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