戦場は乱戦の様相を呈していた。

  両翼から攻め上る嵩・洪両軍に負けじと、義勇軍を率いる籠虞が自ら先頭に立って中央を抜いた。しかし、前衛砦への進入を果たしたところで伏せていた敵軍の 挟撃に遭い、隊はあっという間に前後分断され、散り散りとなってしまう。辛うじて璃有の率いる小隊がはぐれた分隊を纏め上げて本体との合流を試みるが、元 来烏合の衆と大差ない一軍の士気を鼓舞するのは並大抵のことではなかった。

「ったくあのタコ! 何考えてんのよっ!」

 無駄口は消耗の元とは判っていながら、朱宝の愚痴は止まらない。

  休むことなく矢を番えては放ち、一度に近付いてくる敵が捌き切れぬ数とならぬよう牽制を続ける。ペンネやピカタ、ウスターという少年少女の隊員に協力を仰 ぎ、手近な櫓を奪い取った彼女には、恐らく義勇軍の中で一番はっきりと全軍の動きを知ることができた。その視線は朦々と立ち込める土煙の隙間から、合流す べき本体の方角を見定めようとしているのだが、肝心の彼らには後続への気遣いなどまるでないらしい。

 彼らのまとめ役たる中隊長は、蛇行に蛇行を重ね、ただひたすら敵の薄い層を突破して先へ先へと進もうとしている。

  おかげで目標としている敵本陣との距離は籠虞隊が一番近いといえなくもないのだが、進むごとに生じる脱落者の数も半端ではない。左右から上る軍勢を隠すの に掌を必要とするならば、籠虞の軍は小指一本。それでも前進を続けられる彼の、武人としての技能は、確かに相当なものなのかもしれない。けれど、一軍を預 かる将として考えると、どうだろうか。置いていかれた兵士達は、各拠点から現れる敵の増援に取り囲まれ、確固撃破の憂き目に遭っている。ぼろぼろになった 彼らを可能な限り回収しつつ進んでいくため、璃有達の進みはその分遅く、本体との繋ぎ役として璃有の隊の先頭に立つ楓軌が、屡孤立しがちな状況だった。

 ぎり、シュッ

 機械的な動作で放たれた矢は、遠く離れた場所で楓軌の背後を狙う敵兵の肩を、器用に射抜く。今日も彼女の腕前は、絶妙に冴え渡っているようだ。

しかし、次の矢を番えようと後ろに回した手は、空を掴んだ。

「ッタイミング悪」

 朱宝は舌打ちすると、弓を背に括り、下方にめがけて大声を上げた。

「あーぶなーいぞぉっ!」

 何事かと上を見上げるものあり、意図を察して槍や檄を構える敵兵あり、同じく意図を察し、少年少女を退避させるのは、後詰の蕃佑。

 朱宝はそのまま空に身を躍らせた。

「大気を廻る理に触れし意志の欠片よ、その名残を止めし呪布よ、今ここにその力を解放せよ! ……風来!」

 墜落しながら、理力を込めた呪を唱える。片手に握った布が青白い光を放ち、それと呼応するように起こった小さな竜巻が、そこに在るものを選別なくなぎ払う。朱宝はその風を緩衝として、無傷で地面へ降り立った。

 おお、とあちらこちらでどよめきが上がった。

「蕃佑哥哥(にいさん)、あたし、楓軌哥の援護に行って来る!」

 それには構わずに義兄のもとへと駆け寄った朱宝は、腰に下げた予備の武器を手に取った。その動作で矢が尽きたことに気付いたのだろう。目を丸くしていたピカタが、我に返ったように

「一人では危ない、俺も一緒にいきます!」

「ピカ!」

「ピカ哥!!」

宣言すると、ウスターとペンネが揃って非難の声を上げる。けれどピカタはきっぱりと言った。

「二人は蕃佑殿のお手伝いを。三人も四人もじゃ却って足が鈍ってしまうだろう?」

「けど」

「朱宝は悪運が強い。共に居る分にはピカタ殿にも危険はそうあるまい。安心されよ」

 なおも渋るウスターに、大刀を振るいながら蕃佑がとりなすと、ピカタは謝意を込めた目礼をして踵を返した。じりじりと動き出すのを堪えていた朱宝は、そうでもなければ単身で飛び出していただろう。

 ペンネは呆れた溜息を吐いた。

「どうせピカ哥は言い出したら聞かないんだか……らッ」

 ドカッ

 隙を突いて襲い掛かってきた敵兵は、彼女の五鈷諸に顔面を強打され、その場に悶絶した。

 

 

 

 

 

戻 基 進 

 
 悪運が強いからってのも褒め言葉としてどうかとは思うのですが。
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