「うぉっ?!」

 

 誰かの叫び声で目を覚ました。

 体の節々が痛い……そういえば化粧落とすの忘れて……

 ぼんやり考えながら薄目を開けると、岩。

 

 慣れない声がしたからあまり期待してなかったけど、この眩暈がしそうな事態は夢なんかじゃなくて、目覚めてもやはり私は異世界にいた。

 

「起きたか、マドカ」

 頭の上から、晦冥剣。

 あの後ちょっとした問答があって、結局私は名前で呼ばれることになった。

 ちょっとした問答───私が何者なのかとか、何で晦冥剣を知っているのとか、最大の問題・これからどうするべきかとか。

 夜に単身出歩くのは危険という事では意見が一致して、その日は晦冥剣に守られたこの場所で休むことになったけど。

 何を思ったのか晦冥剣は、心当たりを尋ねるときに自分を連れて行けと言い出してきた。

 曰く、何の武器も持たずに一人歩きなど、元の世界に戻る以前に死にに行くようなものだからと。

 けれど生憎私は西洋剣の素養などないし、破れかぶれに晦冥剣を振り回せるほどの腕力も期待できないからとその申し出を却下して……押し問答の挙句、保留ということで眠りに就いたのだった。

 

 

「おはようございます、かいめいけんさま」

 寝起きならではの呂律の回らない口調で、それでも一応挨拶する。

 晦冥剣はいかにもそういうことに厳しそうな雰囲気を持っていたので。

「うむ」

 もっともらしい晦冥剣の頷きを聞きながら、時計に目を落とす。

 この世界の時間がどうなっているのかは知らないけど、私の時計基準で言えば早起きのほうだった。

 寝足りない気はするけど、こんなごつごつの場所でいくら寝たって疲れが取れる気はしない。

 それに第一、此処は何が起こるかわからない場所なんだから、あまり悠長に構えたりはできないだろう。

 

 昨日の帰り、コンビニに寄って来たのは不幸中の幸いだった。

 本当は夕飯に食べるはずだったパスタをレンジアップしないまま(だってレンジなんてないから)バリバリ開けて、そんなわけないと思いながらも礼儀として

「晦冥剣様も食べます?」

声をかけると怪訝な顔をされた。

 多分、晦冥剣に食べ物を勧めたのも私ぐらいだろう。

 私は納得してもぐもぐと食事を始めた。

 

 

「おかしな人間だな、お前は」

「そうですか?」

 ゴミをまとめていつでも動けるように身支度を整えていると、晦冥剣は興味深そうに語りかけてきた。

 困ったことに動きづらいタイトなロングスカートをどうしてやろうかと思案していた私は、すっかり生返事。

 気に入ってるデザインだったけど、惜しんで命を落としたんじゃ洒落にならない。喋る剣がいるくらいなら、あのゲームに出てきたようなモンスターも当たり前に出てくるんだろうから。

 

 びっ

 

 鞄に常備の業務用カッターで、思いきりよくスリットを作る。

 左右、膝上10センチぐらい。

 これでまあ、逃げ回るのには支障はないだろう。

 ヒールがちょっとあれだけど、足元も皮のブーツ。悪路を行くには向いている。

 

 トントンと足踏みして、不都合がないことを確かめる。

 

「……ではないか?」

「はい?」

 

 足回りはこれで良いとして、護身用がカッターじゃ、すぐ折れそうで怖いなぁ……鞄には後何が入ってたっけ?

「……」

 またごそごそ鞄を探り始める私の態度に、晦冥剣は話しかけることを諦めたように喋るのを止めた。

 あ、カッターは駄目だけどペーパーナイフならどうだろう?

 どっかのお土産のあれは小太刀の形してるから、見た目のハッタリもカッターより効きそうだしな。

 

 どっちにしても小さすぎるのは難点だけど。

 

 鞄の底から実物を引っ張り出した私は、本物の剣(晦冥剣)とのあまりの違いに肩を落とし、

「…………拳で殴るよりマシ……」

自分に言い聞かせた。

「だからわしを連れて行けと言っている」

 すかさず自分を売り込む晦冥剣。余程置いてきぼりを食ったことが気に食わないんだろう。

「晦冥剣様運ぶだけで重労働ですよ」

 私は軽くそれをいなして、

「あそうだ」

 お前は見所があるだの、不案内な土地で単身目的地に辿り着けるのかだの繰言を述べる晦冥剣の声を遮った。

 

「さっき……っていっても結構前ですけど、何か声がしませんでした?」

「新しい使い手の眠りを妨げる不逞の輩を追い払っただけだ」

「新しい使い手って……だから私は晦冥剣様を手にするのは荷が重いですって」

 こともなげに言う晦冥剣に、呆れて言い返す。

 そりゃ、守ってくれるのはありがたいけど、だからといってなし崩しに主にされたんじゃたまらない。

「寝込みを襲われたいというのなら今からでも呼び寄せてやるがな」

「やめてくださいっ」

 揶揄する口調に速攻でのーさんきゅーを返してから、あれ、と首を傾げる。

 呼び寄せるってことは、大して離れてない所にまだいるってこと?

 なのに、食事中や支度する間にも足音なんて聞こえなかった。

 

「何が面白いのか、二、三日ほど前から向こうに居座っている男よ」

 疑問が顔に出ていたんだろう。晦冥剣は訊く前に教えてくれる。

 

 あれ?

 

 私はまた首を傾げる。

 丁度雪花の横で眺めていたシーン。

 晦冥剣がまだここにいるってことは、まだ起きていないはずのシーン。

 洞窟の中には───

 

 

「バンパイアハンター……?」

「心当たりがあるのか?」

「いえ……」

 私は言葉を濁した。

 向こうで待ってる人が予想通りなら、彼は晦冥剣の正当な使い手と一緒にもう一度やってきて、晦冥剣を説得しなきゃいけない。

 私が説明したら、晦冥剣は彼と行くことを選ぶかもしれない。

 でもそれじゃ、私の頼りの……ただでさえ穴だらけの知識が、応用できない事態に陥ってしまう。

 知ってるはずのストーリーが、別の方向に進みだしたら対処できない。

 こんな異常事態に、何とか喰らいついてこうと頑張れるのは、大まかな今後の展開を予め解ってるからなんだ。

 

 それにそうじゃなくても、自分じゃ一度もプレイしたことないゲームの詳細なんて覚えてない。これだけ覚えているだけでも奇跡だ。「解ってる」からって話しても、外れる可能性の方が高い。

 

 晦冥剣に伝えないことの言い訳を自分の中にまとめて、それでも罪悪感があったから、

「晦冥剣様の所にずっと留まってるのは、何か事情があるからじゃないかと思って……もしかしたら、ランス? が反省して戻ってくるのかも」

 

 

 ぴくっ

 

 

事実半分でたらめ半分に織り交ぜると、晦冥剣は忌々しげに顔を歪めた。

 やっぱり置き去りにされた件は、相当根に持っているらしい。

 晦冥剣はまたぶつぶつ文句を言い始め、やはり私が彼を連れて早々に此処を引き払うべきだと強く勧め出す始末。

 

「私と晦冥剣様じゃあまりにも不釣合いですよ。水晶に戻るならともかく、私は剣士には見えないですから」

「そんなこともあるまい。確かにお前は水晶使いの素養もありそうだが……(云々)」

「だから私は……」

 

 

 話がそれた事にほっとしながら、引き取り手が来るまでずっとこの愚痴を聞かされるのかとげんなりしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

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 異世界一日目の食事はコンビニ弁当。危機感が無い〜
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