私の懸念は幸いにしてすぐに晴らされることになった。
待ち人来り。
戦闘の巻き添えにならないように、予め岩陰に潜んだ私の目と鼻の先で、かつて画面上で目にしたやり取りが交わされる。
それにしても……
改めて聞くと身勝手極まりない会話だな。
晦冥剣がこぼすのも無理ない……ていうかむかつく!
ペットにだって、拾うって決めた瞬間飼い主の義務が発生するんだよ? 増して晦冥剣みたいに知性と確固とした自我を持った、しかも恩義のある相手に対して 「用が済んだら厄介払い」なんて……相手に足がないことをいいことに、意思も考えずに置き去りにするなんて非人道的な仕打ちを! それでまた頼ろうだなん てわがままにも程がある!
「わっ?!」
「なんだっ?」
あわわ、いけない。
むかつくあまり声に出してしまっていたらしい。
「話し合い」が止んで、一同残らず私を見ていた。
怒るタイミングを逃した晦冥剣は
「マドカ……」
と頭を抑えたそうな声を上げている。
「てめぇ……何者だ?」
いち早く我に返った先頭の大男が、目を眇めて誰何する。
「ランス」だ。
こんな状況じゃなきゃ威圧されていたろうけど、怒りに任せて出てきた以上、こっちも引っ込みがつかない。
半ば成り行きとして不本意な名乗りをせざるを得なかったけど、それさえどうでもいいと思った。
「はじめまして、ランス? 私は新しい晦冥剣の使い手のマドカ・ウキハシ。晦冥剣様ほど名のある名剣が、いつまでもあなたの自由になると思ったら大間違いよ」
「なんだとっ?!」
激昂するランスに対し、晦冥剣は「漸くその気になったか」と心なしか嬉しそうに呟く。
それがランスへの何よりの挑発になった。
「やい晦冥剣! あてつけにしてもこんな剣も握れなそうな嬢ちゃんが新しい使い手だなんて信じられるかっ冗談も大概にしろ」
「そちらが洞窟に張り込んでいた気の長いバンパイアハンター?」
「は? あ、あぁそうです……ハーン家のカディオと申します。いや、しかしいつの間に……」
「今朝は大変失礼しました。だけど、お互い知らなかったからということでご容赦いただけますか」
「あ、あぁ。あなたがいたから晦冥剣殿は……」
喚きたてる熊男を余所に、呆気に取られた顔の黒尽くめ男に話しかける。
他の同行者達ははらはらと、晦冥剣をかき口説こうとするランスと、平然とそれをシカトする私とを見比べている。
絶対な自信を持っていた熊男以外も当然に、みんな、私の名乗りに半信半疑のようだった。
「ああくそっこんな茶番してる場合じゃねぇ!」
相手にされない会話に業を煮やしたランスは、問答無用とばかりに晦冥剣に手を伸ばす。
それを目の端に留めて、
「茶番?」
───ガツッ
「うぁっ?!」
私の繰り出したペーパーナイフは数ミリのずれで空を切った。
流石、晦冥剣が文句を言っても重要視する相手。
しっかりと間合いを取って、ランスは自分の剣を抜く。
「この茶番を演じるに至った原因が、どこにあるのかよく考えてみるべきね」
淡々とした口調を作って言い切ると、ランスの同行者達(つまりはあのゲームの主人公御一行か)はどよめいた。
今までのやり取りがやり取りなだけに、得物を抜きながらも参戦すべきか否か、迷いのある顔を見せている。
「へへっそんな玩具で俺とやろうっていうのか。強気な嬢ちゃんだな」
一瞬ヒヤリとしたくせに、口元をゆがめて熊男が周囲を制す。
いい加減な男ではあるけど、仲間の信頼は厚いらしい。皆、その合図で曖昧な構えを解く。
だったら晦冥剣のそれにもちゃんと応えておけっつーの!
「こんな玩具とやって負けたら、自分で敵討ちなんて金輪際諦めるんだねッ」
もともと勝てないことは解りきってるから、踏み込みは思い切りよく。
「何ッ?!」
動揺しながら、ランスは難なく攻撃を受け流す。
私はその一撃に固執せず、すぐに後ろに跳び下がった。
「それからもう一つ」
ぎんっ
今度は逆に重い一撃をかわしながら、
───どすっ
ヒールつきのブーツで腹に蹴りを一発。
「ぐっ」
ぶわっとのびてきた手をしゃがみこんで回避。そのまま前方へ跳躍、壁を蹴って、最初にランスがいた位置に飛び降りる。
久しぶりにやるから、これで、もう既に息が上がりそうになってる。
とりあえず───目測。
あれやるには狭すぎるしあれはちょっと際どいしあれもちょっと……
「てめぇ何知ってやがるっ」
ガキンッ
「くっ」
刃こぼれした破片が頬をかする。
剣とペーパーナイフなんてありえない鍔迫り合いを暫時続け……
キンッ
持って行かれそうになるのを辛うじて堪えて左右に分かれる。
決められるとしたら一度きりだな。
心を決めて、深く息を吸う。
大学までは、毎日続けてた。
社会人になってからは、なかなか通う暇もなくなって。
けどこんな面白いものそうはないから、時間を見つけては繰り返していた、型。
「龍舞弐之型揺華───石華ッ?!」
ガスッ
完全に型が終わる前に、私は手を止めてしまった。
中途半端に固まった礫を、ランスが剣で砕いている。
勝負の途中だというのに、私はぼんやりそれを眺めて───
「マドカッ?!」
「龍舞……?」
呟いたか思っただけなのかわからないまま、意識がブラックアウトした。
龍舞連戯───親友の家の近くにある、風変わりな道場で覚えた武術。
使う武器や気迫で、傍から見たらそう見えなくもない、華や森羅万象を譬えた技の数々。
それなのに、今、私の周りに……
世界の根幹を成す始源理の化身を犬猫と同列に論じるのは失礼ではないのかといえば。