「マドカちゃんっマドカちゃん!」呼びかけられて目を開けたのは、どれくらい経ってからだろう。
ピンク色のヘアバンドが似合う年頃の女の子が、泣きそうに心配した顔で私を覗き込んでいた。
「主人公」の姉とかいう女の子だ、確か。
「私……負けたわけね」
しかも自滅して。
「ありゃ無効試合だろ。侮るような事言って悪かったな」
横から熊男……もとい、ランスが声をかける。
その腰には、晦冥剣が吊るされていた。
無事、話がついたって事か。
安堵の視線を向けると、
「やはりわしが見込んだ使い手だ。お前が望むならいつでもわしを手にするが良い」
って、おい。
晦冥剣はまだ繰言を言って寄越した。
それは、あくまでランスが来ないからの自棄でしょう?
「だから、無効試合だ。こっちのごたごたが片付いて嬢ちゃんの体調が戻ったら、そのうちまた手合わせ願いたいぜ」
怪訝な顔を周りにも向けると、ランスは肩を竦めて言ってのけた。
うぅ、訂正。この二人(一振りと一人?)は間違いなく名コンビだ。
例え必要に迫られなくとも、そのうちにランスも晦冥剣を連れに来たんだろう。
それを思うと少しだけ微笑ましくなった。
「晦冥剣様扱う体力ないのは実感しましたよ。だけど晦冥剣様をぞんざいに扱うようなら、いつでも寝首を掻かせて頂くのでどうぞヨロシク」
前半は晦冥剣に、後半はランスに言って、ゆっくり起き上がる。
「夜這いならいつでも大歓げ……」
どすっ
「セクハラオヤジ」
ニヤニヤ笑う熊の腹、丁度ヒールで蹴ったあたりに容赦なく肘鉄を食らわす。
「ぐぅっ」
「マドカちゃん強い〜」
ちょっと前まで心配そうな顔をしていた女の子は嬉しそうに歓声を上げる。
「さっきのさっきのどうやったの? 水晶もないのに風吹いたり石が飛んできたりスゴイッ」
ぎく。
「メリナ」
私の顔が強張ったのに気付いて、「主人公」がメリナちゃんをたしなめる。
私は少し迷って、
「晦冥剣様……カディオさん、それとついでに、ランス」
私の言葉を受け止めてくれそうな人たちだけを呼んだ。
「俺はついでかよ」
ぼやきながらも、ランスは興味津々のほかの仲間を散らす。
バンパイアハンターが近寄ってくるのを待って、私は晦冥剣にはほぼ二度目になること───何故かこの世界に迷い込んだ、他の世界の住人だって事、私の世界 の「お話」でこの世界を断片的に知ってること、私の世界には、この世界でいうところの「水晶」にあたるものは存在しないこと、を話した。
カディオはそれで、私が彼の気付かない間に晦冥剣のところに来た訳を納得したようだった。
理法があったり、異世界産とされる生き物がいたりするこの世界では、別世界の私が迷い込むなんてことも物凄く不信感を抱く類のものではないらしい。
私のいた世界じゃ、そんなこと言おうもんなら奇人変人扱い間違いなしだ───奇人変人といわれてる、浪のお父さんぐらいはまともに相手してくれそうだけど。
そして私は、更に声を潜めて、此処からは晦冥剣にも初めて言う話を始めた。
「私の技……本当はただの武術なのに、今までは普通の型でしかなかったのに、さっき使ったときは、何故かわからないけど技名通りの現象が起きた。こんなの普通じゃない……どうやったのって言われても、どうしてなのかわからない!」
声を潜めた、んじゃなくて、自然と声が沈んで、低くなっただけ。
「そりゃぁ……」
ランスは何か言いかけて、何も思いつかなかったのか頭をがしがし掻いた。
「晦冥剣様」
「うむ」
カディオは晦冥剣をチラッと見て、剣が頷くのを待ってから
「恐らく、マドカ殿が異世界からの来訪者で、かつ強い理力の持ち主だからではないかと」
「同感だな」
恐らくという割には断定的なニュアンスを込めて、意見を述べる。
「理力?」
私は眉を顰めた。
「先程の技の途中でマドカ殿が昏倒したのも、強い力の解放を咄嗟に制御できなかったためと考えれば腑に落ちます」
「成る程な。まともに一撃も喰らってないのに、いくら驚いたからって、あれだけ動けるやつが、ありゃあないよな」
「実際、あの瞬間に強い理力が働いたのは確かだからな。三流剣士ごときにはわからなかっただろうが」
三様の言い様に、晦冥剣が付け加えた皮肉に反応するランス。
「このっ!」
「わしは理力も技術も揃った使い手にこそ扱われるべきかな」
「くっ」
しゃあしゃあと言ってのける晦冥剣に、ランスが舌戦で勝利できる日は来ないだろう。だからといって放り出すなんていうのは感心できないけど。
「くくっ」
二人の言い合いを見ていたら、突然降って湧いた力に絶望的に悩む自分がおかしく思えて、私はのどの奥に笑いを漏らした。
そもそもこんな場所に紛れ込んだ時点で大問題なんだから、それに付随しておかしな力が使えるようになったからって何だって言うんだろう。むしろ、身を守る力を持ててラッキー、ぐらいに考えるほうが前向きだ。
「理力の制御は、少しずつ覚えていけば問題ないでしょう。微力ながら私も協力しますよ」
「ありがとうございます」
私が笑ったことにホッとしたようなカディオの申し出に私もホッとして、頭を下げた。
ランスも晴れ晴れとした顔で手を打って、
「じゃあ、嬢ちゃんは暫らく俺達と一緒に行動するってことで、もうあいつら呼んでもいいな」
言われた台詞に、私は待ったをかけた。
「今の話」
「あいつらもそんな野暮なこた訊きやしないだろうさ」
あっけらかんとした口調。
ランスが仲間においている信頼の程がわかる気がした。
「マドカが話したくなったら、話したくなったやつだけにいやぁいい」
「ありがとう」
付け加えられた一言に、私は初めてランスに対して感謝の笑顔を向けた。
「おっ? おぅ」
意表を衝かれたのか、ランスはおかしな声を上げて、それから離れたところにいる「主人公」達を呼び寄せる。
紹介してやろう、とランスが私の目の前に彼らを並べるのを見ながら、私は「あ」と思い出した。
「嬢ちゃん嬢ちゃんと呼ぶのは勝手ですけど、私多分この中ではランスやカディオさんと歳が近いほうですから」
「なにっ?!」
ぎょっと目を剥く熊。
「だって、メリナちゃんと、そこの……えーと」
「ヤツデです」
「イアラだよ」
「ヤツデ君、とイアラちゃんはどう見たって十代だし、そっちの……」
「キールです。こっちはブラン」
「わぅ」
「キール君だって、大目に見て二十歳そこそこで、ブランはたぶん一桁だろうし……あ、えーとッ」
そこまで言って、一行にしゃちほこばってる社会人風の男の人が混じっているのに気がついた。
眼鏡だし、腰の武器さえなければ普通に私の世界にもいそうな人だ。
「あ、わ私はアット・Fと申しますっ」
姿勢どおりのかちこちの大声で(洞窟だからやたら響いた)彼は名乗りを上げる。
「アットさんはお幾つですか?」
「今年で25になりますっ」
「……まぁそんなものか。じゃあやっぱり、嬢ちゃんと呼ばれるのは厳しいな」
「え? あの……」
アットは戸惑いながら、でもマナー違反の質問を自分の咽喉もとに封じているようだ。
「もったいぶってないで言っちまえよ」
そして、そんなマナーとは無縁の生命体が一つ。
じゃきん、とペーパーナイフを突きつけたいところだけど、もとが自分で振った話題なので肩を竦めるに留め、困惑しているアットには苦笑い。
「この間誕生日が来て、今27歳よ」
「「「「「「え」」」」」」
「文句ある? ランス」
ぴきっと固まった中の、「童顔年増?」などと失礼なことをほざく熊に怒気を含めた笑顔を見せてると、ランスはぶるぶるぶると勢いよく首を左右に振った。
それはそれで失礼な反応なのでとりあえず殴っておいた。
アット・F……Fに入る言葉を想像して、フルネームを変換できた人は、心の中に答えをしまって置いてください(笑)