稟陽片脱走

 
 

 

 

 傀儡として玉座に座らされている間にも、ピカタは闇雲に事態に流されているわけではなかった。

 共通暦1052年に佳鈴及び蕃佑の脱出に助力した後も、中央の情勢を読み、嵩萄の動向をうかがって、自らも脱出の機会を狙っていた。

 流石に現在の嵩萄の周囲は、古参の配下や嵩萄の采配に心酔しきった将兵らによって守り固められている。その数が少なくは無いのは、彼が廉公や詫瞭ほどの暴虐さや理不尽さを持たない、優れた支配者であることの証明でもあった。

 だがしかし、蕃佑や叙宵、玉蘭のように、気に入った人材を無理やりに手元に押し止めようとするなどの強引さが、このまま彼の傀儡である事をピカタに躊躇わせた。

 人質の存在により嵩萄への協力を余儀なくされた、その一点で同類となる叙宵はピカタに同情的で、叛逆行為として追及されないぎりぎりの範囲で、ピカタに様々な情報をもたらしていた。

 共通暦1053年。洪領平定の報を聞いたピカタはと有篇嬰は、脱出の機会は洪領や璃有への対応に気色ばんでいる今しかないと決断を下す。

 処罰により閑職に追いやられ、或いは地方へと散り散りにされた官僚達も今は大人しく、或いは既に璃有や洪励の許に参じており、身内に向ける目はやや緩んでいた。

 篇嬰は叙宵にも共に逃れるよう呼びかけることを提案するが、ピカタは彼のある種璃有以上に義理堅い性格を知っていたため、板ばさみにすることを案じて何も言わずに脱出を敢行する。

  これを察してピカタの後を追ったのは、嵩萄の従兄弟である嵩渓、燕覇煉の二将だった。燕覇煉が得意の弓でピカタらを足止めする間に、回りこんだ嵩渓が挟撃 をかける。その騒ぎに気付いた常柳や松傲、更には嵩萄自身もまたピカタらを拘束せんと、二人を取り囲むにしては大袈裟なほどの包囲を敷くが、密かに潜伏し ていた夕繰堵・褐雫漣の送った迎え等の出現により二人は難を逃れる。

 褐雫漣、引いては璃有の寄越した護衛はさておき、あまりにも都合よく現れた夕繰堵に疑念を抱くピカタは、彼が海の向こうの大国・墺鎖(=オーサ)の間者である事を知らされる。

  平時には貿易相手国でもあるオーサの彼の上司・アルト・サザーリィは、大国の混乱が自国へと飛び火することを懸念していた。このため国内の情勢を探らせる ために派遣されたのが夕繰堵であり、夕繰堵は嵩萄の振る舞いを危険視し、これを平らげるためピカタへの協力を約束する。

 しかし嵩萄の追跡の手は甘くはなく、一行は璃有らとの合流を果たす前に山間の獣道へと追い込まれた。

 そのときの出来事を後世の歴史書は「狐に抓まれたような出来事」と表現している。

 投降を勧告する声に被さって聞こえた若い女の悲鳴。その後半刻に満たない間に、ピカタらの姿は追跡者達の包囲を遠く逃れていた。

 追い詰められたピカタらの前に振ってきた娘こそ、嘗てオルヴァリー大陸の幾つもの戦いに姿を現し、その名を残した転移の水晶使い・ティータ・トランティスであったのだ。

 褐雫漣の使いは、同じ顔の少女・転移術の使い手であるティータ・アレムを見知っており、彼女と誤解して璃有の許へと転移するよう要請する。状況が飲み込めないながら転移を急かされたティータ・Tはこれに応じ、一行はティータ・Aの許へと転移を果たす。

 水晶のこのような使い方をしないこの国の人間にとって、この瞬間の衝撃は計り知れないものだったという。

 ピカタを自陣に引き入れた洪家は、共通暦1054年、ここに嵩萄を糾弾し徹底抗戦を行うことを宣言する。

 

 

 

 

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