「ところで、あんたを何て呼べばいい?」
マイクが言い出したのは、二回目の薬湯を運んできた時だった。
幸い、記憶に違わないのは味だけではなかったようで、薬湯を飲んだ次の目覚めは、前回よりも更にすっきりとしたものだった。
「そういえば、名乗っていなかったな」
ガーラントは目を瞬かせた。
彼らの言葉を信じるなら(疑う根拠も特にないわけだが)三人しかいないこの家の中では、敢えて名前など知らなくとも会話が通じてしま う。ガーラント自身は彼らの会話から其々の名を知っていたが、正式に名乗られた覚えはない。
礼儀上、世話になっているガーラントの方から名乗るのが妥当だろう。
「俺はガーラント。この前も言ったが傭兵をやっている。今の雇い主はキルサイド南連邦のバーレィ・シダール候だ……いや、だった、とい うべきだろうな。戦場から姿を消して何日も音沙汰のない傭兵なんざ用無しだろう」
「もしか……しなくとも本名か?」
マイクは驚いたように目を開く。ガーラントは苦笑して頷いた。
傭兵の中には、過去を知られる事を嫌って通り名だけを名乗る者も多い。その慣習をマイクが知っているのならば、こういった反応が出て くることもあるだろう。
ガーラントという名前自体は、ざらにあるわけでもないが、希少というほどもない。まあ、一般的な範疇にギリギリ引っかかるくらいの名 前だ。現に彼の雇い主も、ガーラントの名前には何の関心も示さなかった。変に警戒を見せる方が、余程怪しまれる。
「恩人のあんたらに隠してもしょうがないだろう」
「へえ、言うもんだな」
「当然の礼儀だと思うが?」
「まーな」
マイクは肩を竦めた。
ガーラントの読みどおり、それで彼の名前に関する興味を失ったようで、空になった器を書き物机へ遠ざけるとマイクは偉そうに腕組みを して言った。
「じゃあガーラント、喜べ。次からは飯が食えるぞ」
「うぇ?」
しかしガーラントは素直に喜べない。
長年刷り込まれてきた感性が、この薬湯の作り手に対する料理の腕前を否定する。
「何だよ、嬉しくないのか?」
「いや……その、食事を作るのは誰なんだ?」
「大体俺だけど」
マイクの答えにほっとしたのも束の間。
「今回はあいつがやけに張り切ってるからな」
「いぃっ?!」
続く言葉に、ガーラントは顔を引き攣らせた。
「ったくこっちが頼む時は拝み倒さなきゃやってくれない癖に! あんたホント運いいよ」
「……え?」
「食えないもんあったら先に言っとけよ。じゃないとあいつ調達した順に食材使うから」
「いや、人間の食べ物で食べられないものは特にないが……」
ガーラントにはマイクの愚痴が理解不能だった。
病み上がりに殺人的な料理を食らわされそうになることの、一体何処が運が良いのだろうか。つい、予防線を張るように「人間の食べ物」 等と強調してしまった事は、人情として許して欲しい。
「まあ、あんた傭兵だもんな」
マイクはアッサリと納得した。
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