しゅーっと、落ちていく感覚があった。
くらりという眩暈の後に、周囲が闇へと閉ざされる。
足許に、浮遊感を覚えた、次の瞬間、沈み込む。
それは何かに似ていた。
それは何かといえば───高層ビルの、エレベータ。最上階から最下層までを途中停止なしに動かしたら、丁度こんな感じだろうか。
衝撃を恐れて、知らず、目を閉じていたかもしれない。
この装置の性能を信じていたとはいえ───否、信じていたからこそ、境界を越えることに対する緊張は堪えきれずに。
だから、いつ、世界を抜けたのかは分からなかった。
もしかしたら、その、寸前にだったのかもしれないし、眩暈の直後、だったのかもしれない。
とにかく、彼女がそれに気付いたのは、地に足のつく感触を覚え、更には、バランスを崩し、ごつごつした岩肌にダイブしたためだった。
「ったたっ!」
盛大に打ってしまった腰をさすりながら詩子は顔を上げた。
湿った冷たい空気が鼻を突く。
見覚えのない景色。
先程の続きかと見紛うばかりに濃い闇に、うっすらと濃淡がついているので暗いだけなのだと判る。
勿論、手を突き身を横たえた地面の硬さも、その認識に一役買っているのだが。
「間違えた……?」
前後左右四方八方を見渡しても、代わり映えのない濃淡の世界には首をかしげる。
かのゲームのオープニングは、もっと明るく、緑溢れる山村のはず。
けれどこの地は、草木など生えていた昔も想定できないほど、もはや一枚の岩盤の如くに硬く、その上明白な高低の差を感じさせず、なだらか。目を凝らしても峡谷の兆候も、聳え立つ山影も見つけ出すことはできない。
詩子は更に注意深くあたりを観察し、そして腐ったように篭った臭いを感じて眉を顰めた。
「けどなんっか、見覚えはあるようなないような……?」
己の勘を裏付けようと、詩子はそろりと足を踏み出す。と───
かつんっ
……かつん、かつっ、かっ……
他意無く蹴飛ばした足元の小石が、奇妙に音を反響させてころがった。
詩子の眉間に寄った皺は、自ずと深さを増す。
「げ」
喉の奥から漏れるは、呻き声。
「っそでしょーーーーーッ?!」
詩子は慌てふためき、装備した汎用ツールに掴みかかった。
ぴっ
がーががががざ───
乱暴な利用者の扱いにもめげずに健気に動き出したツールは、詩子の要求に応じてモニタに現在位置のデータを表示しようとした。
が。
びーっびーっびーっ
画面に赤い光が明滅する。
交互に瞬く文字は「NO DATA」
「はぁ?!」
詩子は今度こそ我が目を疑った。
ツールには予め、この世界の主要マップを登録していた。当然、彼女が現在地と想定し、恐れた物語中盤の要「封印の洞窟」その全貌も含めて。
それなのに該当なしと表示されるということは、どういうことになるのか。
「最ッ悪」
詩子は呻くように言い捨てて、ツールの電源を落とした。
使用素材配布元:Cha Tee Tea