Stage1-1

 

 

 しゅーっと、落ちていく感覚があった。

 くらりという眩暈の後に、周囲が闇へと閉ざされる。

 足許に、浮遊感を覚えた、次の瞬間、沈み込む。

 

 それは何かに似ていた。

 

 それは何かといえば───高層ビルの、エレベータ。最上階から最下層までを途中停止なしに動かしたら、丁度こんな感じだろうか。

 衝撃を恐れて、知らず、目を閉じていたかもしれない。

 この装置の性能を信じていたとはいえ───否、信じていたからこそ、境界を越えることに対する緊張は堪えきれずに。

 だから、いつ、世界を抜けたのかは分からなかった。

 もしかしたら、その、寸前にだったのかもしれないし、眩暈の直後、だったのかもしれない。

 とにかく、彼女がそれに気付いたのは、地に足のつく感触を覚え、更には、バランスを崩し、ごつごつした岩肌にダイブしたためだった。

 

「ったたっ!」

 盛大に打ってしまった腰をさすりながら詩子は顔を上げた。

 湿った冷たい空気が鼻を突く。

 見覚えのない景色。

 先程の続きかと見紛うばかりに濃い闇に、うっすらと濃淡がついているので暗いだけなのだと判る。

 勿論、手を突き身を横たえた地面の硬さも、その認識に一役買っているのだが。

「間違えた……?」

 前後左右四方八方を見渡しても、代わり映えのない濃淡の世界には首をかしげる。

 かのゲームのオープニングは、もっと明るく、緑溢れる山村のはず。

 けれどこの地は、草木など生えていた昔も想定できないほど、もはや一枚の岩盤の如くに硬く、その上明白な高低の差を感じさせず、なだらか。目を凝らしても峡谷の兆候も、聳え立つ山影も見つけ出すことはできない。

 詩子は更に注意深くあたりを観察し、そして腐ったように篭った臭いを感じて眉を顰めた。

「けどなんっか、見覚えはあるようなないような……?」

 己の勘を裏付けようと、詩子はそろりと足を踏み出す。と───

 かつんっ

 ……かつん、かつっ、かっ……

 他意無く蹴飛ばした足元の小石が、奇妙に音を反響させてころがった。

 詩子の眉間に寄った皺は、自ずと深さを増す。

「げ」

 喉の奥から漏れるは、呻き声。

「っそでしょーーーーーッ?!」

 詩子は慌てふためき、装備した汎用ツールに掴みかかった。

 ぴっ

 がーががががざ───

 乱暴な利用者の扱いにもめげずに健気に動き出したツールは、詩子の要求に応じてモニタに現在位置のデータを表示しようとした。

 が。

 びーっびーっびーっ

 画面に赤い光が明滅する。

 交互に瞬く文字は「NO DATA」

「はぁ?!」

 詩子は今度こそ我が目を疑った。

 ツールには予め、この世界の主要マップを登録していた。当然、彼女が現在地と想定し、恐れた物語中盤の要「封印の洞窟」その全貌も含めて。

 それなのに該当なしと表示されるということは、どういうことになるのか。

「最ッ悪」

 詩子は呻くように言い捨てて、ツールの電源を落とした。

 

 


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使用素材配布元:Cha Tee Tea