息切れが激しすぎて、ひどい眩暈にくらくらと倒れ込みそうになるほど。

 がむしゃらに力を出し切ってボールを追いかけたのは、どれくらいぶりのことだろう。

 ワンポイント先取してから、相手を務める二人の空気はより厳しいものに変わって、心地よい緊張が園花の全身を包んだ。

 勿論、現役の男子部レギュラーなのだから、多少の手加減はあるのだろうが、それも、園花がくい下がれるかどうかのぎりぎりまでのこと。露骨にそれとわかるような加減はせずに、彼ら自身、このボールに対する駆け引きを楽しんでいるのが感じられた。

 

 

 

I wish you trusted yourself

 

 

「こんなに打ち合いしたの、ひさしぶり!」

 フェンスに疲れた体を預けながら、園花は息を弾ませて言った。

 結局1セットマッチになった試合は、僅差で涼二・悠也チームの勝利に終わった。

 とはいうものの。

 

「女子でこんなに強い子、俺初めて見たよ〜」

「うん、僕も……」

「勿体ないって! ブランクあってこれなら、きっと全国目指せるよな」

 対戦をした二人も、審判をした章介も、口をそろえて彼女のセンスを褒めた。 涼二や悠也は、そうしながら、園花程でないにしても呼吸を乱し、流れる汗を拭っている。

 

 

 感嘆の色を隠さないその視線が、園花には、かつての友人達のそれを思い出させ、居心地の悪さを感じさせた。

 

 

「……当たり前。あたし、「超能力少女」だもん☆」

「園花」

 

 唇の端を歪め、軽口を装うが、うまくいかない。

 淳が咎めるように、彼女の名を呼ぶ。

 それでも園花は、言葉を重ねずにはいられなかった。

 

 

 

 

「超能力で球筋なんてわかっちゃうし、超能力で球威だって増やせるんだから、強くなるのも当然でしょっ?」

 

 

 何度、遠まわしに、或いはとても露骨に、そんな指摘を受けたことだろう。

 繰り返される中傷は、次第に親しかったはずの友人達の間にも浸透して、あの「事故」が起きる頃には、殆どの者が彼女から距離を置くようになっていた。

 彼女とラリーすることさえ、嫌がるようになっていった。

 

 

 

「園花!」

 自虐的に笑う園花を、淳は声を強めて窘める。

 

 彼女自身に言われるまで、「超能力少女」ということを失念していたらしい涼二達は、「そういえば……」と、不正も可能な彼女の能力に、衝撃を受けた様子だった。

 

 

───あぁ、やっぱり。

 

 園花は自嘲の笑みを深める。

 変わらぬ態度で接してくれた淳にしても、その兄弟には、深く関わるなと再三の忠告を受けていたことを知っている。

 事故がおきたとき、尊───淳の双子の兄弟はそれ見たことかと彼の不明を鼻先で笑った。

 

 

 結局、どこの誰でも同じことなのだ。

 

 このマスコットがある状態で自分を見つけられた相手だから、園花も期待をしてしまったけれど、結局は、同じ事。

 

 

「でも……」

 そのとき、章介がポツリと呟いた。

 

 

「でも、さ。今、園花ちゃんは余計な力になんて頼っていなかったよね。園花ちゃんが見せてくれたのは、紛れもなく「テニスの実力」だけだったよね」

 

 え、と園花は顔を上げた。

 

 すると───

 

「そ、そんなの兄貴に言われなくたってわかってるよ!」

「そうだよ〜! 赤城のファントムとか芦辺のラストワルツのがよっぽど怪しげじゃんか! 俺の動体視力を見くびるなよ!」

 

 章介に負けまいとするように、ガシャン、とフェンスを揺らして、雄介と涼二が猛然と主張する。

 そして、悠也も。

 

「園花ちゃんは「スポーツマンシップに乗っ取って堂々と」試合してただろ」

 

 彼らは園花が「超能力少女」であることを思い出した後にも、試合直後と同じ感嘆と敬意のこもった眼差しを、まっすぐ彼女に向けてきた。

 

 

「章介君……雄介君、菊川君、柳原君…………!」

 

 それを聞いた瞬間、園花には彼らの名を呟くことしか出来なかった。

 彼らのその信頼が、彼女には全く予想外のものだったから。

 

 

「あたしを……信じてくれるの?」

 園花は恐る恐る、彼らに問いかける。

 

「勿論」

「当然〜」

「当たり前だろ?」

「君を信じてる……というより、自分の見たものを信じてる、のかも知れないけどね」

 

 

 

 それぞれの言葉で、彼らは園花に即答した。

 

 

 じわり。

 園花の目元に、涙の粒が盛り上がった。

 

 

 

「あたし……もっと早くみんなに会ってたら、テニスの方を選んだかも知れない……」

 

 

 

「園花……」

 

 淳は迷うようにゆっくり挙げた手で、園花の髪をくしゃりと撫でた。

 

「淳……あたし……」

 

 

 

 

 

 

 こぼれ落ちる涙の滴が、舗装されたブロックに小さなシミを作る。

 義務感などを抜きにして、それでも自分を信頼し続けた友人がいたことに、園花は今更思い出した気がした。

 

 

 

 


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