私達がトレーニングセンターに着いたとき、高科さんや多田達は、既に荷物を下ろした後だった。

 いつの間にやら高科さんとかなり親しくなっていたらしい多田は、ここに来るのにもやっぱり送ってきてもらったようだ。高科さんご自慢のウィンダムに寄りかかるようにして談笑する様子は、普段のあいつから想像がつかない位。ハートマークの幻影が飛び交うほどだった。

 

「おはようございます」

 三田君が、とことこ歩いていって礼儀正しく頭を下げる。

 内気な少年は、二人の間に漂っている雰囲気にも気が付かないで、そのままエントランスへと向かった。

 ある意味、大物かもしれない。

 車を移動し終えた梁前さんは、そんな彼らの様子を軽く鼻先で笑い、

青木君を放っておくなんて、珍しいですね

わざわざ近付いて行って言った。

 その手は意味ありげに高科さんの肩を掴んでいる。

 高科さんの眉が寄せられたのは、離れた位置にいる私にもはっきりわかった。しかし何かを言いかけた高科さんの言葉を待たず、梁前さんはさっさと建物の中へ入っていってしまう。

 立ち去り際、再び唇の端を歪めてフッと笑った後で。

 

 

「……なんだろう、今の」

「さあね……」

 後に残された私と浅沼君は、顔を見合わせて首を傾げるばかり。

 

 

 あの二人の間にあるものが、いまいちよくわからなかった。

 決して友好的とは言い難い……梁前さんの、揶揄するような笑み。高科さんは一瞬そこに多田がいることも忘れたんじゃないかって程、厳しい表情になっていた。

 つまりどちらも、普段の彼ららしからぬ行動だった。「青木君」──高さんに、何があるというのだろう?

 梁前さんの消えたドアを見つめて、暫し考え込んでしまった私に、

「あれ、なんだ。お前達もここだったのか」

背後から、妙に親しげな声がかかった。

 今日はつくづく、後ろから声をかけられる日だ。

 じゃ、なくて。

 

「あっと……政見、さん!?」

 振り返ると、私が以前お世話になった、ハンター《豹》こと政見亮介氏がそこに立っていた。

「久しぶり、だな《智依名》やっとパートナー決まったんだって?」

「あ、はいおかげさまで。まだ仕事の方は全然なんですけど」

 政見さんの挨拶に照れ笑いしながら答えると、彼はふと不思議そうな顔で呟く。

ここってことは、青木の所だよな……

「え?」

「ああ、いや、大したことじゃない。それより、そっちの美人を紹介してくれないか?」

 聞き返されたのを誤魔化すように、政見さんは言った。また、ここでも「青木」……高さんのこと。

 気にはなったけれど、すぐそこにいつの間にか多田が来ていたのも確かだったので、そのはぐらかしに応じることにする。

「あ、えーと、《湖泊》こと、多田晶子、さん、です。高校一緒だったんです」

 慣れないさん付けにつかれながら紹介すると、

「俺は《豹》こと政見亮介。どうやらウチのチームと一緒らしいから、これから一つ宜しく頼むよ」

政見さんは自分からそう名乗って、多田に片手を差し出した。

 けれど多田は

「どうも……」

軽い会釈をしただけで、その手を握ろうとしない。

 暫くそのままでいた政見さんは、苦笑しながら手を引っ込める。

「はははっ初対面からこれは失礼だったか? それじゃ、他の連中待ってるから先行くな?」

「あ、はいっすいません!」

 背をあげて去っていく政見さんに頭を下げる。辛うじて、多田ももう一度会釈をしたようだった。

 

「多田ぁ……」

 政見さんがいなくなってから、私は縋るように多田を振り返った。いくらなんでも、あまりにも素っ気なさ過ぎるじゃないか。仮にも、これから同じ施設で共同生活を送る相手に対して。

 けれど。

「え? どうしたの、沖野?」

 そこまで悪びれることなく聞き返されては、文句を言う気にもなれない。ただ、何も始まらないうちからひたすらに疲れを感じるばかりだ。

「……もう、いいや。それより、高科さんは?」

「う〜ん、高さんに用があるって行っちゃった」

 気を取り直して訊ねると、今度はとろけるような表情が返ってきた。すっかり、幸せそう。

 やっぱりそうなのか……

 

 

 多田が高科さんと出会ったのは、あの模試での事件の時だった。

 挟み撃ちになって攻撃を喰らいそうになったところを、タイミング良く助けてもらったらしい。後で話を聞いた私にも、スーツをぴしっと着こなして見事に術を行使する、その時の高科さんの雄姿が目に浮かぶようだった。

「多田、この非常時に幸せそうだなぁ」

 さっきまでとはうって変わって頬が緩みっぱなしの多田に対して、私の声は思わず冷めている。私自身にも今が非常時という自覚はあまりないけれど、それは棚に上げて置いた。

「だぁって、これから暫く、ずっと一緒なんだよ?」

 冷たい言葉にも、多田は心底嬉しそうに答える。

 ダメだ。今は何を言っても無駄なんだろう。さっきのもきっと、意識が別のところに飛んでいたに違いない。

 

 私は多田をそこに置いて、荷物を片付けるために建物へ入っていった。

 

 

 

 地下一階のミーティングルームに全員の召集がかかったのは、それから約30分後のことだった。

 時間ぎりぎりに降りてきてみて初めて、そこに瑞緒がいることを知る。

 

「前にも伝えたように───」

  全員が揃ったことを確認してから立ち上がって話を始めたのは、驚いたことに高さんの方だった。

 席も、上座にあたる位置に着いている。

 その右隣が梁前さん、沙霧さんで、左隣が高科さん、それから、政見さんのところのチームリーダーらしい人が座っている。まるっきり、高さんが中心の並び方だ。

「チームの二交代制で仕事を受け持ってもらうことになる。両チームベース間で情報の交換を密にし、全員に連絡を行き届かせること。特に、こうなってしまった以上能力者の確認、保護はベースの感知能力にかかっている。しっかり目を光らせてくれ」

 そこまで言うと、高さんは着席して続きを梁前さんに任せる。

 

「チームEAGLEのベースメンバーは《皓樹》《水霊》《電脳師》《灯海》の以上四名、チームCATSのベースメンバーは《烏》《太白》《DRANKER》の以上3名。主に、Dランク以上の能力者の探索が任務となります。

  それ以外のメンバーは、通常通りの任務をこなしていただきます。数日中にEAGLEにはもう一人助っ人が入る予定ですが、彼にはホールの封印を受け持つ、 《狙撃手》《智依名》のコンビをサポートしてもらいます。それまでは、《湖泊》が同じ任に当たります。変更があるのは以上です」

 

 ちなみに、能力者は大きく九つにランク付けされている。うち、CからEまでがハンター、A、B及びそれ以上の3段階がスナイパーと呼ばれるわけで、残りのFランクは毒にも薬にもならないと言うヤツだ。私は今、Cランクの中級の認定を受けている。

 梁前さんはひどく事務的な口調で説明すると、静かに腰を下ろした。

 そして今度は、おもむろに高科さんが立ち上がる。

 

「そ れから、トレーニングの件ですが、基本メニューについては各部屋に配布済みです。特殊訓練やシミュレーションルームの割り振りについては後ほど通達します ので、部屋に戻ったら、まずは基本メニューの確認を宜しく御願いします。伝達事項は以上の通りです。質問がないようでしたら、これでミーティングは終わり にします」

 我々はもとより、政見さん達のチームからも、誰一人として口を挟む者がないまま、初めての顔合わせは終わったのだった。

 

 

 

 

 


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