「あ、そういえば、他の人達の部屋ってどうなってるの? 瑞緒とかって、今一人なわけ?」ひとまず多田は放っておくことにして、私は気になっていたことを訊ねてみた。
瑞緒がどこら辺にいるのか、私はまだ聞いていない。
三田君はすぐに快く答えてくれた。
「えーと……俺と浅沼が同じ階の反対側で、瑞緒さんはその真下の一室、梁前さんと沙霧さんが、同じ一階の、ここと一つずれた部屋にいて、青木さんと高科さんは丁度この上の階、三階にそれぞれ一部屋ずつ……だったと思います」
本当にもう、いい子だなあ、この子は(笑)
内心そう思いながら礼を言う。と同時に疑問がわき上がった。
「でも、どうして梁前さんが……」
高さん達が独立した一部屋を使うなら、梁前さんだって、個室を使ったっておかしくないのに。
それに大体、何故沙霧?
「以前、お二人とも人事にいたからじゃないですか? 沙霧さんっていえば、かなり長いこと梁前さんの下についていたみたいですし」
三田君の台詞に、私はいつか、誰かと電話越しに話していた沙霧、さん、のことを思いだしていた。
やたらと丁寧な言葉遣いで、畏まって話していたのだが……あれは、支部長じゃなくて、梁前さんが相手だったのかもしれない。
いつか二人で支部長に呼ばれたときも、そういえばあんまり普段の態度を崩していなかったし。
「そっか、有り難う、三田君。かなり参考になった」
「いえ、そんなこと……」
重ねて礼を言うと、三田君は大袈裟なくらい赤くなって首を横に振った。
内気な上に、実は結構赤面症でもあるらしい。
「そ、それじゃっ失礼しますっ」
三田君はまだ赤い顔をしたまま、慌ただしく帰っていった。
う〜ん、わりと最近、似たようなことがあった気が……?
首を傾げつつ多田を振り返ると、まだ食い入るようにプリントを見つめている。しっかりと自分の世界に浸っているようなので、私達のやりとりはちっとも聞いていなかったに違いない。
私は、高科さんと離れてしまったことを、嘆いているとしか思えない表情の、多田の肩を軽く叩いて呼びかけた。
「多田……」
「…………え?」
二拍ばかりの間を置いて、多田は顔を上げた。そして
「あれ、三田君は?」
たった今になって、三田君がいなくなっていることに気が付いたんだろう。そんな間抜けなお約束を聞いてくれた。
「……」
思わず返す言葉をなくしてじと目になる気持は、誰にだってよく解ると思う。
「何よう」
「別に……よかったね、沙霧さん梁前さん(お目付)と同室だって」
「え、本当? よかったぁ」
本当に何も聞いていなかったらしい。多田にしては珍しいというか、だからこそ多田というべきか。多田は心底ほっとしたように言う。その露骨さに、私は吹き出して笑ってしまった。
「次!」
叫びながら大きく飛び退く。
じゅっという音がして、さっきまで私のいた場所が赤く染まった。
「破っ」
すかさず、ピンと張ったお札を、ペイントの飛んできた方向に投げつける。走り込み、床に転がっている短刀を拾い上げる。
ずばっ
起きあがりざまそれを横に薙ぎ払うと、確かな手応えがあった。振り返り、振り下ろす。そのままの勢いで前方に転がり込み……
ビィィィ───っ
ブザーがトレーニングの終了を告げる。
たった三分の間に、私は全身汗だくになっていた。
息を吐き、額を流れる汗を腕で拭う。
短刀を鞘に収めてから私はシミュレーションルームのドアを開ける。
「お疲れさん」
タオルを手渡してくれたのは、ガラス越しにトレーニングを見ていた多田だった。
私は、礼を言ってそれを受け取ると、隅に設置されたコンピューターが吐き出すデータを掴んだ。
心臓は、どく、どく、激しく脈打っている。
プリントされた文字は、汗でぼやけて見えた。
「……」
そこに打ち出された数値は、かなり厳しいものがあった。
まだまだ未熟者だな、私は。
記録を見れば、無駄な動きが多いのは一目瞭然。もっと、気合いを入れなければ。
大体、これしきのスコアで息が上がっているようでは、実戦の、中位妖霊の相手さえ務まらないだろう。私はデータを目で追いながら、内心忌々しく顔をしかめた。
ガタン
音がしたのでガラスの向こうに目をやると、沙霧さんが部屋の中央に立っているのが見えた。
レベル設定は十、上級者向けのコースだ。
私は、組織に入りたての頃に耳にした、彼に関する噂をふと思い出した。
───中三にして、A級ライセンス取得候補者であり、本部から引き抜きの声まであるという……
ガラス張りの部屋で、素早く的確にターゲットを仕留めていく様は、確かに相当の力を持っていることをありありと示している。
やっぱり、悔しいけどかなわない……実力の差を、改めて突きつけられた気がした。
鮮やかな身のこなし。無駄を極力省いた動きで、危なげなく攻撃をかわす。
その視線が、ちらりとこっちに向けられた。こっち──正確に言えば、多田一人に。
「……わざとらしい余裕」
多田はぽつり呟く。
全く、とことんまでお気に召さないようだ。どんなことに対しても、容赦しないつもりらしい。
……かといって、私も人のことはあまり言えないのか。
「多田の前だからカッコつけてる」
意地悪く笑って相槌を打ってやったのだから。
途端、多田は嫌そうな顔をして言った。
「やめてよ、そんなこと」
「事実はちゃんと受け止めなくちゃ」
重ねて、だめ押しのように言う。
こんな状態の三人をひとまとめにして、果たして大丈夫なのだろうか?
今更ながらにそんなことを思いながら、私は再び沙霧さんへと視線を戻したのだった。
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