センターに戻って三田君に手当してもらっていると、ミーティングルームに、ぞろぞろと人が集まってくる。どうしたんだろ、と思ったら、三田君が
「さっき、集まるようにって梁前さんが……」
と教えてくれる。
その、肝心の梁前さんと、それから高さんの姿はまだ見えない。
一番後からやって来た沙霧は、一目見るなり私から視線を逸らした。そりゃ、そうでしょうよ。
……それにしたって、すまなそうな顔一つするでもない。ただじぃっと、嫉妬するような重たい目つきで高科さんの方を眺めているんだから、ますます頭に来る。
私は、視線で人が殺せるんなら百回は死んでるってぐらいに、そんなパートナー殿を睨み付けた。
ふと、それまで高科さん嬉しそうに談笑していた多田が、私達の方へ視線を移す。
それにつられて、高科さんも心持ち、こちらの方を向く。
「沖野ぉ、足、大丈夫?」
多田はわざわざ、離れた場所から言ってきた。
ここら辺、かなり私の影響受けているのかもしれない。
勿論、特定の人間に聞かせるためのこと。
「う〜ん、三田君のおかげでどーにか。でも、まだ血が足りない感じ」
言いながら、私はちらっと壁によりかかっている人物に目をやる。
沙霧は、私達の会話など聞こえていないような無表情になっていた。
「本当に、大丈夫ですか? こんなに……火傷みたいな傷までついて……」
こちらは本当に心配そうに、三田君。私のこめかみを見ての言だ。
「有り難う、三田君」
水の力で癒してくれる三田君には、素直に頭を下げる。
「そんなに強い連中だったの?」
浅沼君が興味津々で近付いてきた。
私と多田はほぼ同時に
「「雑魚だよ」」
答えて、不機嫌な顔つきになる。
それは事実だったし、私がここまでへろへろになった要因は、連中の数もさることながら、何より……
「とろいのが悪い」
それまで黙って無関心を装っていた沙霧が、ここにきてぼそっと呟きを漏らす。
何……だって!?
頭にカッと血が上った。
「コントロールもろくにできないヤツがよく言う」
「自分から飛び込んでいったんだろうが」
「順当な回避ルートでしょ!?」
「他にましな選択肢があったはずだ」
「何っ!!」
完全に泥沼だった。
変わらず淡々とした表情の沙霧に余計神経を逆なでされ、私はますます激怒していく。
声のヴォリュームもどんどんエスカレートしていき……他にも人がいるっていうことなど、もう、気にもならなくなる。
そして。
殆どヒステリックな状態になって、私は沙霧に詰め寄った。
「大体ねぇ! あんたは……」
その時。
かちゃり、ドアが開いて、高さんと梁前さんと、もう一人。見知らぬ金髪碧眼青年が、部屋の中に入ってきた。
私は気勢を削がれて口を閉ざした。
大きく目を瞠った高さんと、視線が合う。
「何事ですか? 要君……沖野さんも」
梁前さんが柳眉をひそめ、静かに問いかけてくる。沙霧は急に借りてきた猫のように小さく、大人しくなって答えた。
「いえ、別に何でも……」
次に梁前さんは私の方を向いたので、私も渋々頷いた。
急に、冷静さが戻ってくる。
よりにもよって、こんなところでやり合おうとするなんて……
「……なら、いいんですが」
まだ少し、何か言いたそうな顔をしながら、梁前さんはそれ以上追求してこなかった。
それでこの件はおしまい、とばかりに、すっと高さんの後ろへ引き下がる。
高さんは脇の外人青年と二、三言葉を交わしてから、皆の方に向き直った。
「紹介する。H2ウィンラント支部から派遣されてきた、《風牙》ことユハ・ハッキネン……表向きは、レースチームのテストドライバーだ」
「I'm Juha Hakkinen. I'm very glad to see you !」
「おおっえーごだえーごだ! ないすとぅみーちゅぅ!」
「ほら、次弘君、やめなさい。そういうおかしな言い方は」
浅沼君の怪しげな英語の挨拶を、梁前さんはすかさずたしなめる。ユハさんは苦笑して口を開いた。
「構わないよ、別に」
ぱちくり。
私達は思わず彼の顔をまじまじと見つめた。
今の、日本語……!?
「僕のニホンゴ、おかしいですか?」
彼は心配そうに訊ねてくる。
私と浅沼君と……後、瑞緒も、一斉に首をぶんぶん横に振った。
おかしいだなんて、とんでもない! 物凄く、うまい発音だった。
「ユハは日系企業資本のチームと契約してるからな」
高さんが教えてくれる。
「こっちに来ることになって、スタッフからも色々おそわったんダケド……やっぱり、おかしいかな?」
「大丈夫ですよ。前に増して、かなり上達しているじゃないですか。まったく……誰かさんにも、これくらい謙虚な心を持ってもらいたいですね」
梁前さんに言われて、なぜか沙霧が顔を赤くした。
心当たりがあるらしい……うん、あるんだろう。それを、みんなの前(というより多田の前)で指摘されたようで、恥ずかしいのだ。そうに違いない!
私は勝手に決めつけることにした。
「ユ ハ、紹介する。知っているとは思うが、《狙撃手》こと沙霧要と、《水霊》こと三田礼紀。それから、初めて会うのは……右から《電脳師》こと浅沼次弘、《湖 泊》こと多田晶子、《智依名》こと沖野深雪、《灯海》こと佐々木瑞緒だ。俺と《皓樹》、《速水》を含めて総勢九名。前に伝えたとおり、この地区では最も若 いチームにあたる」
高さんは私達をまとめて紹介した。
意外だったのは、沙霧はともかく三田少年までもが「お久しぶりです」という挨拶をしたことだ。
いつの間に、顔を合わせたのだろう?
ユハさんは、誰に対してもにこやかな笑みを返した。人当たりがよいのだろう。
初対面ながら、ここにいる中で最もまともそうな人に思えた。
「ついてもらうのは《狙撃手》と《智依名》のコンビで、他に《湖泊》がサポートとして加わっている。ホールの封印・消去を担当するコンビだ。宜しく、頼む」
高さんがそう続けると、沙霧は一瞬嫌そうな顔をする。けれど、沙霧は反論をしようとはせず、すぐに表情を元に戻し、頭を下げた。
「よろしく、たのみます」
「こちらこそ、お手柔らかに頼むよ……」
ユハさんは睫を伏せて微笑んだ。
わざわざ海外から派遣されてきた、ユハさんの能力の程は、それからすぐに知ることとなった。
それまで現状維持されてきたホール・ポイントが拡大して、その封じにかり出されたのだった。
場所は、浅葱区と和泉区の境にある台ヶ原公園。朝丘駅に面しているところだった。
ユハさんの運転するLEGENDで現場に向かった私達は、未だに封鎖が完了せず、渋滞する道路に顔をしかめた。
一般人が巻き込まれたら、どうするつもりなんだ!
私は内心で道路公団の責任者に悪態をついた。
諸々の事情で二、三度顔を合わせたことがあったが、あの、いかにも無責任そうな面は!
全く、顔だけに留めて置いてもらいたい。
「仁津穂では、いつもこう?」
ユハさんが、顔を前に向けたままで訊ねてくる。
「ときどき」
「いっつも決まって、ウチのチームが出るときなんですけどね!」
簡潔に答える多田の言葉に、不機嫌さを隠しもせず私が付け加える。
大体の予想はついていた。H2だって(見ての通り)聖人君子の集まりじゃないから。まだ二十歳にもなっていない、学生の率いているチームが本部から高い評価を受けて、他の連中が黙っているわけがない。
大方上の連中に金をちらつかされて、くだらない妨害工作をしているのだろう。
コンコン。
助手席の窓を叩かれて外を見ると、沙霧のバイクだった。
「先に行く」
窓を開けてやると短く言って、沙霧は例のCB400を先に進めようとする。
「カナメ」
それを引き留めたのはユハさんの声だった。
ユハさんは、ミラー越しに案じるような瞳を沙霧に向けていた。
「繰りかえ、さないよね? まさか……」
「……」
無言が沙霧の答えだった。何も答えないまま、沙霧は車を離れてバイクのスピードを上げた。
車は、未だ渋滞の中にある。
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