人を散々心配させておきながら、駅西口の伝言板は、かーなーり、あっけなく見つかった。

 

 街に入ってからまず、まっすぐその中心部を目指し、『秋北相模』と掲げられたどっからどう見ても電車の発着所という場所に行き当たると、もう、すぐそこに伝言板は突っ立っていた。

  夕闇でも文字が読めるように、構内の明かりが十分に活用できるところに設けられたそれには、チョークで疎らに文字が記されている。多分、読み方には隔たり があるのだろうけど、私達の文字……仁津穂語と殆ど変わらない表記。当たり前だけど、まだ、気になる情報が入っている様子はない。

 

 

「さて……と。沙霧がこんなトコ見るとは思えないけど、一応何か書いとく?」

『う〜ん、あんまり意味はな……!』

 唐突にアキムが言葉を切ったので、私は慌てて辺りを見回した。

 

 ……けれど、私には何も見つけられなかった。

 

 アキムは油断なく周囲に目を走らせる。

『すまない、オキノ! イルダナを見つけた……私はそちらを追う』

「イルダナ……ナルドだけなのね? まだあの男は……」

『わからない。けど、こちらにはまだ気付いていないみたいだ』

「わかった、気をつけて、アキム」

 そんな台詞を残し、アキムの身体は不意に目の前から掻き消える。

 

 たった一人になってしまうのは心細かったけれど、あの妖霊に先を越されるわけには行かないし……できることなら、再会もしたくない。

 私はリュックを背負いなおして駅の時計を眺めた。

 

 四時二十分。

 

 腕時計の方は八時半を少し回ったところで、おおよそ四時間の時差があることを知る。

 時計を見てしまうと、今頃はみんな夕食をすませている頃だとわかって、何だか悲しくなった。

 

 高さん達と梁前さん達はどうなっているんだろうか? あんなに本格的に分裂しかけたあとで、みんなはどう、今を過ごしているんだろう? 三田君は? 浅沼君は?

 

[どうかしましたか? お嬢さん]

 ついつい暗くなりかけた私に、誰か背後から声をかけてきた。

 

 振り返ると、中背の男二人と、やけに太った男の三人連れが、私を囲んでいる。話しかけてきたのはその内の、中背で、気合い入って髪の黄色い兄ちゃんのようだった。

 

[待ってても来ないヤローなんてほっといて、俺達と茶ぁ飲みにでもいかなぁい?]

 今度は太った男の方。これって……?

 怪訝そうな顔が露骨だったからだろう。その男を押しとどめて、始めの兄ちゃんがもう一度口を開く。

 

[こいつはほっといて、せっかくの土曜なんだし、どっかでぱぁっと遊んでやなコトなんてわすれちまおーぜ]

 え、まさか、これって……いわゆる、ナンパ……? もしかして。

 私はただ、唖然としてしまって返答できない。

 

 こんな、そのものズバリで何の面白味もないワンパターンで、頭抱えるどころか腹抱えて笑いたくなるような手口で、果たして引っかかる女はいるのだろうか……?

 

[ほらみろ、恐れられちゃったじゃないか。おじょうさん?]

 黙って後ろに突っ立っていた、中背でふけ顔の男が、ぐっとかがみ込んで人の顔を覗き込む。その時―――

 

[なぁにおめぇら三人がかりで一人のオンナ、ナンパしてんだよ]

 彼らの背後から、呆れたような、からかうような声が降って湧いた。

 

[―――あーっまっちぃ]

[貴様等その呼び方やめんかい……]

[じゃあ”まっちゃん”]

[…………もーいい]

 新たに加わったその人と四人で、落ちのないコントのような会話が展開する。う〜ん、今のうち、ずらかっちゃおうかなあ?

 

 けれど、頭を押さえた動作から、私を視界に納めた四人目の男は、急にそのやりとりを放棄することになった。

 そして、私自身、逃げる気などどこかへ消え失せてしまっていた。

 

[……お前…………]

 彼は茫然と呟いた。

 私は大きく目を開いたきり、声も出ないでいた。

 

[なぁんだ、まっちぃ待ってたのか][しゃーねぇ、行くかぁ]

 ナンパの三人組が語っているのが、耳に入る。

 

「…………マツ……イ……さん?」

[こりゃあ、また、偶然、だな……]

 そこにいたのは、間違いなく一時間半前に海岸沿いの道路で出会ったあの高校生だった。

 

[……てがかりぐらい、見つかったか……?]

「いえ、まだです。街の中心から探した方がいいかなって」

[だろうな。少しは考えるようになったか]

 彼は褒めてるんだか貶してんだかわからないような台詞を言って、思いついたように、背後で未だこそこそ様子を窺っている三人組に顔を向けた。

[そーだ、お前ら……]

 

 彼は手短に沙霧の特徴を述べ、見かけなかったかどうか訊ねる。三人は顔を見合わせ、揃って首を傾げた。

[そんな目立つヤローなら、すぐわかっと思うけどなぁ……]

[で、何でまっちぃがそいつ探してんだ? ケンカ、じゃねぇよな]

[あたりめぇだ。れに、探してんのは俺じゃねぇ]

 三人の目が一斉にこっちに向けられた。彼らは松井さんを押し退けて再び私を取り囲み……

 

[そんな男ふっちまえって]

[彼女ほっといていなくなるヤツ悪いんだからさ]

[そうそう。そんなの早めに忘れちまって、ぱぁっとあそんじまおーぜ]

 などなど。

 多大な誤解を元に、ナンパを続行しはじめる。それは、ま、今更いいんだけど。

 

 ……誰が、誰の、彼女だってぇ!?

 

[おい……]

 三人の背後から、マツイさんは低い声を発した。

 右の拳を固く握りしめ、肩はふるふる震えている。

 そして、三人の中で一番背の低い、太った男の肩に左手をかけると、彼はおもむろに怒鳴り散らした。

 

[テメーらちったー人の話聞きやがれ!!]

 

 


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