真夜中の公園というものは、どこの国でも物騒なものだ。人目には付かないし、暗くて、静かで。そんな場所に女一人でやってくるなんて、愚かしいのかもしれない。
でも私は現に、真夜中の今、公園に立っている。何故か?
―――人目には付かないし、暗くて、静かだからである。
冗談はさておき、私がこんな所にやってきたのにはちゃんとした理由があった。
気を一点に集中させて、捜し物のヒントを見つけ出すためだ。結界を築いているから、誰かに邪魔されることもない。
鍛えられてしまった夜目で比較的綺麗な地面に座り込むと、私は荷物の中から薬師如来の印籠を取り出し、前に置く。必要な場は既に敷いてあった。
「南無薬師瑠璃光如来……我が進むべき道筋を照らし給え。おんころころせんだりまとうぎそわか!」
冷淡・淡泊・薄情・多重人格・高圧的且つ自己中心的な【狙撃手】の姿を心に描きつつ、精神はあくまで穏やかに澄み渡らせておく。それはなかなかに大変な試みだったが、私は何度も何度も、繰り返し真言を唱えた―――深淵に、光が生じるのを感じ取るまで。
どの位そうしていただろうか。頭に一つのヴィジョンが浮かび上がってきた。
沙霧とは違う、別の高校生の姿。全く見知らぬ、とりあえず同年代の…………けど、その制服は。
ふっと緊張が解けた。
集中力が途切れたせいで映像も消え、私は目を開いた。
こんなことは、初めてだった。
透視や遠視をする瑞緒は、はっきりとしたヴィジョンを見るのだと言っていたけれど、私がこういうことをした場合、せいぜい頭の中に光点が生じる程度だ。そして目差すものを見つけたとき、それもまた同じ色の光に輝いて見える。
だけど今度のは……どういう意味なんだろう? 浮かんできたのは、知りもしない人間の姿。失敗だったのか、それとも。
迷ってしまうのは、垣間見た高校生の着ていたのが、駅前で知り合った三人組と同じ制服だったからだ。もし、彼が実在し、沙霧に関わっているというのなら…………
私は立ち上がり、同時に結界をといた。とにかく、今のヴィジョンを参考にするしかない。
そしてそれに従うというのなら、彼はここから西南の方角にいる。
恐らくは、沙霧と一緒に。
公園を後にすると、街灯と月光にぼんやりと照らされた通りに人がいるのがわかった。わかったけれど、私は大して気に留めることなくその場を離れようとする。
こんな時間にうろついている人間とは、なるべく関わり合いにならない方がよろしい。私の時計はもうじき四時を回る。つまり、この世界の時間に換算するなら、日付が変わる頃合いなのだ。
そちらに気付いていない素振りで歩いていると、駆ける足音が近付いてきた。
思わず、眉を顰める。
補導員か、変質者か、またはナンパ……か?
どれをとっても厄介だ。一々相手するのも面倒だし、ここは一つ距離を作ろうか―――そう考えて走り出そうとした矢先。
[沖……野?]
声が、私の名を呼んだ。
反射的に振り返る。
[よかった、やっぱりそうだ……]
ほっとしたように息を吐き呟いたのは、こともあろうに数時間前別れたはずの、この街の高校生―――松井さんだった。
[急にいなくなんじゃねぇよ。慌てて追いかけたのにみうしなっちまって……未だここいらは見てなかったからな、念のため来てみたんだ]
「そ……んな…………どう……して?」
あんな能力を目撃したばかりだっていうのに、松井さんの表情はその前と変わりない。ごく当たり前のように追いかけてきて、ごく当たり前のように文句を言い、ごく当たり前のように隣を歩き出す―――私のことを、気味悪がりもせず。
ハンターの行為に関わった、多くの人々の記憶を操作する目的は、何も「妖霊」という存在を一般の目から隠すことばかりではない。ハンター達の持つ能力への疑惑や畏怖心が、ハンターと一般人の間に深い溝を作らないようにするためでもある。
ホールポイントや妖霊、能力者の存在が、薄々ながら世間に漏れ始めているような、そんな我々の世界であっても、記憶操作は可成りの確率で必要とされるのが 現状だった。そうしなければならないほど、己と異なる力を有する存在への反発・拒絶意識が強い生き物なのだ、人間というものは。ここまで似通った文化を築 いている世界の人間が、それと著しく異なったメンタリティを持っているとは到底考えられない。
それにもかかわらず、この人は私の前にいる。未だに。
[どうしてっつわれてもなぁ……約束しただろ? 沙霧とか言う奴を捜す手伝いするって。あんなバケモンが出てきたぐれーでなんだってんだよ]
松井さんは至極簡単なことを言うように答え、私の前髪を軽く引っ張る。[おい、ちゃんと聞いてるか?]そんなことを訊ね顔に。
「……」
[何泣きそうな顔してんだよ]
「……気味悪いとか、思わない?」
[……そりゃ、あんな奴が本当に生きて動いてんのかとかかんがえると気味悪ぃとか思うけど……! ああ…………成る程]
返しかけた言葉が意味の違うものであると気付いてか、松井さんは腕を組み直して口を閉ざした。
[―――何で俺がそんなこと思わなきゃなんねーんだ]
ややあって、怒ったように低く呟いた彼の台詞には、何て答えればいいのか、もう私には皆目見当も付かなくなっていた。
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