ここから西南の方向に住む、彼らと同じ制服の高校生。

 それを聞くと、松井さんは何故か複雑そうな表情になった。

 

 何故かと言えば、彼ら自身が、まさにその方角に住んでいるのだという。

 こんな、良くできた偶然があるのだろうか?

 

[まぁ、この分ならかなり楽に見つかるかもな。あいつらもやるときゃそれなりにやってくれっだろ]

 松井さんは、やや気の抜けた様子でそう請け負ってくれた。

 やっと、手掛かりが繋がっていく。高さんとの約束―――ナルドより先に、沙霧を見つけて連れ帰ることが……!

 

 手繰り寄せる糸さえ見つからないまま、徒に時間が過ぎていく虚しさは、もう十二分に味わっている気さえした。自然と気分は高揚してくる。

 偶然。そう言ってしまえばそれまでだけど。

 

 手掛かりはそれしかない。

 

 もしそこに、何かの意味があるのなら。

 

 沙霧の同質存在もまた、同じ学校にいる。

 

 だからきっと、沙霧自身も……!

 

 

 

[……けどな、こんな時間行ったって、みんな寝ちまってるぞ?]

 すぐにでも飛び出していきそうな私の肩を捕まえて、松井さんは呆れたように言った。

「ふぇっ? ……あ…………」

 一瞬訳が分からず、間抜けな声を上げた後、今が真夜中なんだと思い出す。

 

 折……角、手掛かりが見つかったってのに……

 

[どーせそいつも休んでんだろ。慌てることもねェさ]

 しゅんとなった私に、松井さんは苦笑混じりに付け足してくれる。

 

 けど。今ある手掛かりは、本当に、偶然を寄り合わせただけの細い糸に過ぎない。この糸が途切れてしまったら、そう簡単に、次の手掛かりが見つかるとは思えないのに……そうしたらきっと、沙霧は二度と……

 

  何にも起こらない状態で、沙霧がこの世界に生存していられるのは、三日程度の時間しかない。もし私と同じように、雑魚であっても妖霊に出会していれば、確 実にその時間は削られていく。そして、能力者に惹き付けられる妖霊共と、沙霧が遭遇しないで済む確率は、私があいつを見つけられる確率より更にぐっと低い のだ。

 松井さんが励ましてくれているのはわかっていても、どうしても安心なんてしていられない。

 頭に浮かぶのは、いつかの、笹本の、土気色の顔……

 

 すると。

 

―――ぐわしっ

「っ! うぎゃあっ!」

 顔を上げない私の頭を、松井さんはいきなり片手でぐしゃぐしゃ掻き回した。

 

[んなに根つめてたら、そいつ見つける前にお前の方がぶったおれんぞ?]

 下を向いたままだからわからないけど、多分、苦笑してるんだと思う。呆れたような口調だった。

「…………大丈夫、私は。けど……!」

 ややあって、やっと言葉に出して応えると、髪をぐしゃぐしゃにしていた手の動きが、ぴたりと止まった。

 それでもしっかり頭蓋は掴んだまま、彼は表情を一切消して、私に目線を合わせるように屈み込んだ。

 

ふらふらしてるクセに、「ダイジョーブ」なんて言うんじゃねぇっ

 私は思わず松井さんを見返していた。

 ……それで初めて、自分が、公園で再会してから一度も、彼とまともに目を合わせようとしていなかったことに気付く。

 

 そこにあったのは、恐ろしく真剣な目つき。ややトーンを落とした声色と相まって、妙な迫力を醸し出す。

 その迫力に、飲まれて、しまった……

 

「……あ…………でも……」

 返答に詰まった私は、あまり意味のない言葉を口にする。

 

 まっすぐな視線は、後ろめたいことなど何もないのに正視するのが辛くて、それでいて逸らすことができない。何の特殊な力を用いているわけでもなく、ただ、強い気持が込められているというだけで。

 

[ま、大事な奴なんだろうから無理もないけどな]

 そうしたときと同様唐突に、松井さんは表情を崩した。

 ぽんぽんと私の頭を叩き、なぐさめるような笑みを浮かべている。

 

[全校生徒とはいかねぇけど、部活とか、クラスの集合写真ぐらいなら何枚か持ってるぞ。見てみるか?]

「えっ!?」

 聞き返したのは、疑ったからじゃなくて、願ってもみない申し出だったからだ。

[ゲンキンな奴だな]

 松井さんは苦笑した。

 

 

 

 こんな時間に待ち合わせに使える場所もそう少なくて、松井さんは駅前のファミレスに私を案内した。こちらはまだ秋口ぐらいの気候とはいえ、流石に外でただ待っているのも寒かったから、この配慮は有り難かった。

 ドリンクバーの紅茶を啜りながら、漸くゆっくりと辺りを見回す。見れば見るほど、この世界は私の所―――エスジェリアに酷似していて、異世界にいるような気分がしなくなってくる。ちょっと歩いたら、すぐそこに自分の家があるような……

 

「家……か」

 私は小さな声で呟いた。

 

 本当のところ、自宅には随分と帰っていない。下手をすれば、もう二度と帰れなくなるかもしれないというのに、ここに来るまで、戻ろうとか考えたことさえなかった。その程度には、私は今の生活を気に入ってるんだろうか。その程度には、沙霧のことを……

 

 ぶんぶんぶんっ

 

 勢いよく首を振る。

 そんなの、パートナーなんだから当然。沙霧が特別って訳じゃなくて、アレでも、命を預けあった仲間だから……

 

 無事で、いるんだろうか。

 

 私がこの能力を持っていると知ったとき、高さんは美弥さんのことを思いだして、とても辛そうだった。そして、沙霧がこの世界に迷い込んだと知ったときも。

 だから、何としても沙霧は助けなきゃいけない。高さんがもう一度こうやって、沙霧とお茶したり、話したりできるように。

 

 

 


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