[どうかしたのか?]

 声をかけられて顔を上げると、バインダーを片手に持った松井さんが、いつの間にか戻って来ていた。

 

[コートぐらい脱げばいいんじゃないか?]

「えーと……」

 

 呆れたように指摘されて、私は苦笑いする。店の中は暖房が効いていて、確かにこの格好じゃかなり暑い。そんなことはわかっていて、アイスティーのグラスを握りしめてその鬱陶しさを誤魔化していたんだけど。

 

 コートの下には、予備の武器とかお札とか、多分ここで人目にさらしたら大騒ぎになるようなものが色々と装備されているんだ。出てくるときは、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかったから、あの時間内で可能な限りの道具を手当たり次第にくっつけてきた。

 いくら暑くてもここでコートを脱ぐわけにはいかない……結構、きつかったりして。

 

[変な奴だな。ま、いいか]

 松井さんは肩を竦めて、丁度通りがかったウェイターを呼び止めると、ドリンクバーを追加オーダーした。

 

[ほら、こっちがクラスので、こっちが、部活の連中のだ]

 渡されたバインダーはどっちも大して厚みがあるわけでもなくて、私は大して期待もせずにそれらを受け取った。何ていうか、一休みして、少しだけ、余裕ができたのかも知れない。気休めなんだろうな、と思いながら、どうせなんにもできないよりは、それもいいかな、なんて。

 

 私はまずクラスの方のバインダーを開いた。

 

 お決まりの、春先に撮る集合写真から始まって、各種行事。そのどれもが、各自に一枚ずつは配布されるような写真ばかりで、実際、枚数も少ない。

 

[まぁ……クラスにゃあんまり居着かないからな]

 私が何か言う前に、松井さんの方から弁解するように言ってくる。目を上げると、松井さんは照れたような、苦笑するような表情を修学旅行の集合写真に向けていた。

 その写真の中に、彼の姿は見つけられない。これかな、と思うものはあっても、雰囲気はまるで違っていて、確証がもてないんだ。

 

「……いない、みたいです」

 その件に関するコメントはとりあえず差し控え、私はじっと一人一人の顔を確認した後で、そう首を振った。

 ピンとくる顔は一つもない。ごく普通の高校生、そんな印象しか抱けなかったけれど、見逃しているはずは、ない。私は集中力を取り戻すように、アイスティーのグラスを空にした。

 

 クラブのバインダー。こっちは、クラスの物に比べればスナップや何やらがあって、アルバムらしくまとまっている。

 

 ユニフォーム姿が一番多かった。

 

 沙霧の同質存在。まず目に付くのはその姿で、それから、赤い髪が印象的な、背の高い男子生徒。モータースポーツにも手を染めているらしい松井さんが、バスケ部の所属だっていうのはちょっと驚きだった。

 私はさっきのよりも念入りに、食い入るように一枚一枚の写真を見つめる。

 彼が松井さんの後輩だってことは今の今まで失念していたけれど、同質存在が、沙霧を引き付けるのなら、関わりのある人間の所に転がり込んでいる確率は、低くはないはず。

 

「…………」

[…………]

「…………」

 練習風景、他校チームとの集合写真、休憩時間のふざけあってるような写真……枚数だけは確かにいっぱいあるのだけれど。

 

 駄目だ。

 

 何処にも、あの時見た高校生の姿はない。

 

 全く見当外れ……?

 

 いや、でも、気に懸かる……

 

「あの……」

 私は意識に引っかかる物がなんなのかもわからないまま、顔を上げて口を開いた。

「この写真って……」

 

[―――ああ]

 松井さんは何故か、たまたま私の手の下にあったその写真から、少し目を逸らしている。目つきの悪い長髪の男子を、例の三人組と赤毛の大男とが取り囲んでいる写真だ。

 

「この写真って、誰が撮ったものなんですか?」

 その写真だけが、強いて言えば浮いているような気がした。

 写っているのは同じ人たちだけなのに、誰一人制服やユニフォームを着ていないせいなのかもしれない。それとも、もみくちゃにするような取り囲み方に、どこか剣呑な雰囲気が漂っているからかも。

 

[……ああ]

 松井さんはまた間をあけて相槌を打って、小さく息を吐いた。

 

[そういや、あいつが写ってる写真ってはないもんだな]

 眉を寄せて苦笑いする、そういう表情の作り方は、沙霧で見慣れてたつもりだけど、この人がすると全く印象が違う。それでもそれが同じ作り方だってわかるってことは、沙霧もやっぱり照れくさがっていたりしたんだろうか?

 

 そんなわけ、ないよね。

 少し気になったけど。

 

[駅で会った三馬鹿、いつもはこいつと(言いながら、松井さんは赤毛の男子を指し示した)つるんでる連中なんだけどな、もう一人、仲間がいるんだよ。マネージャー撮ったヤツ以外は全部そいつの写した写真のはずなんだが、ったく、何でこんな写真

 松井さんのそんな物言いがもっと気になって、私は思わず口を挟んだ。

 

「あの、もしかして、これって松井さん……?」

[……]

 あ、目、逸らした。

 

 その人は割と多くの写真に写っていたんだけど、思い直してみれば、部活側のアルバムでは、この一枚をのぞいてその姿を見かけることはなかった。多分、それが引っかかったものの正体。沙霧の件とは何の関係もなくて。

 

[髪切りに行く途中で捕まって、見納めだからってわざわざ絡んできやがったんだ]

 松井さんは目を逸らしたままでそう答える。

 

 クラスでの写真は、みんな髪を切る前までのもの。こちら側のアルバムに長い髪の写真がこれしかないってことは、部活のためだけに、切ったからなんだろう。

 

 高校生、なんだな。

 改めて思ったら、少ししんみりした。

 

 クラスの写真なんかいろいろ見た後で思うことじゃないのかもしれないけど、この写真を見ていたらなんだか。

 

 「部活」なんて言葉、今の自分には全く無関係だからかもしれない。紛れもない「女子高生」だったときには、人数の都合で役職持ちにさえなりかけていたのに。

 ううん、例え学校が続いていたって、組織の状況を考えればだんだん部活からは疎遠になっていくのが当然。

 

[……で?]

「は、はいっ?」

[やっぱり、何の足しにもならなかったか?]

「え、えとっ」

 声をかけられて我に返る。

 今は、今更、イマサラのことを考えている場合じゃなくて。

 

「こ、この写真撮ったのって、それじゃあ同じ高校の男の人、なんですよね?」

 咄嗟にほかの言葉は出てこなくて、しつこくその写真について尋ねることになってしまった。

 

[あぁ……そりゃそうだろ?]

「えぇと…………」

[…………あ? そういやあいつ……

 松井さんは何かを思いだしたように、ポケットからシステム手帳を取り出して、ぱらぱらめくり始める。テーブルの上に置いて、隠そうともしないから自然と目に入ってくるそれには、スケジュールやなにやらが、かなり沢山書き込まれていた。

 

[った、こいつだ]

 ややあって、松井さんは開いたページを見やすいようにこちらに向ける。

 

 プリクラ……こんな文化まで似通っているのもかなりどうかと思うけれど…………

 小さな画面に男ばかり五人。松井さんが馬鹿呼ばわりしていたあの三人と、赤毛、それから。

 

「…………!」

 そこに書き込まれた予定は、「補習」「追試」「補習」……っと、そういうことじゃなく!

 

 

「…………………………」 

[……]

 

 そんな都合のいい偶然、あるわけない。

 あるわけない、そう思うから、見たものが信じられなくて、目が拒否してしまった。

 

「…………この、人……!」

 やっと一言そう言うまでに、何回視線を彷徨わせてしまったかなんて知るはずもない。

 

 

 大当たり。

 

 

 多分、間違いじゃなく……!

 

 


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