松井さんが私を下ろしてくれたのは、駅前からほど近い、とあるCDショップの前だった。沙霧の同質存在は、よくここで買い物をしているらしい。

 ここから、小さな公園を経由して、松井さんの通う学校に向かうルート。そのどこかに、沙霧が居る確率は高い。

 私は慎重に、気配を探るようにしながら、自分の足で歩き始めた。

 

 

 

 神経を集中させたスローペースで歩いたせいで、公園に着く頃にはもうお昼。

―――ああ、松井さんは補習終わってもう部活だな。

 なんて、そんなことを考えていたら、気が逸れてきたのを見計らったように、それまでちらとも捉えられなかった、妖霊の微かな残滓を、嗅覚がかぎ取っていた。

 低級、若しくは、下級。

 いずれにしても、奴らは、何者かによって始末された後なんだろう。臭いの元を辿ろうとする間にも、それは風に流され、薄れて消えてしまう。

 何者か―――そんなこと言っても、私に身に覚えがなければ、沙霧以外の誰だというのか。

 

 公園の中に入ってみれば、案の定。

 躑躅の植え込みの陰に転がっているのは、見覚えのあるヘルメット。

 矢張り、沙霧はここに来たのだ。私は予想を確信に変えて、そのメットに手を伸ばした。

 

 

「―――いつっ!」

 一瞬、指先に、静電気と呼ぶには強い電気を感じる。何しろ火花まで見えた。

 私は反射的に手を引っ込めていて、電気を追い払うように小さく振ってから、今度はもっと慎重に、その闇色の固まりを取り上げた。

 放置されてからずいぶん経ったように、冷たい。

 それがそのまま、この世界に迷い込んでしまった沙霧要という人間の未来を表しているようで、全身に鳥肌が立つのを押さえられなかった。

 

―――!!

 そして、二の腕を押さえ、瞬きをした、その僅かな間に、脳裏を一つのヴィジョンが駆け抜けたのだ。

 

 見覚えのある校章。

 学校の門。

 背の高い、人影。

 

 思わず、私は振り返った。

 

 

 

 あそこは―――!!

やばっ!!」

 私は片手でメットを掴んだまま、走り出していた。

 今度は忘れてはいない。

 あそこに行っては……

 

 

 公園のフェンスを飛び越え、極力、近い道を選ぶ。

 周囲の目なんて気にしていたら、きっと間に合わなくなってしまうから。

 急いでも、急いでも……

 

 

 どかっ

 

 

 丁度角を曲がったところで、反対から来た人とぶつかった。

 私は思いきりバランスを崩し、相手はキレイに跳ね飛ばされた。

―――こんな時に限って!!

 面倒だったけれど、近くに落ちていた、相手のものらしいスポーツバッグを拾い上げ、多分大差ないぐらいの年格好の相手を助け起こす。

「大丈夫ですか? すいません、急いでて気付かなくって」

 バッグを押しつけながら早口で言うと、相手はこちらこそスイマセンとか何とか返してくる。

 大丈夫そうだ。

 けど軽く、邪気に当てられたみたいに気が揺らいでるのが見える。

「……かんまん

 背中に張り付いていた低級妖霊を追い払ってから、私は「それじゃ」と駆け出した。

 

 憑かれてる人をほっとけないとはいえ、だいぶ、ロスした。

 急がないと……

 

 

 

 信号は今の所いい調子に青続きだ。

 後1ブロック行ったら、もう一本道―――

 

 

 ざらり。

 

 不意に違和感を覚えた。

 進行方向が騒がしい。

 人が、どんどん集まっていく。見えてきた目標物―――松井さんの高校の、校門の周辺へと。

 

 

「どうしたんですか」

 なんて聞くまでもなく、原因は分かりきっていた。

 イヤな風が流れている。

 異界風。妖霊共の運んでくる、邪気を含んだ空気。

 形成された人垣の間では、この不快臭や、校内で突如始まったという乱闘の噂が盛んに広まって行くところで。

 私は周囲を見渡して、校内に侵入する道を探し始めた。

 この調子では、正門からなんて入れそうにない。

 おまけに、門の近辺にはあまりにも人が多すぎで、フェンス越えで侵入するというのも憚られた。

 

 

―――全く、どうしてこんな派手な騒ぎになってしまったんだろう?

 

 考えるまでもなく分かり切ってる問いが頭の中をぐるぐる回って、今更ながら、自分の睡眠不足を自覚した。

 

 


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