「大体っ! 沙霧みたいなやつが死んだりしちゃっ地獄の閻魔様だって迷惑だわよっ折角ここまできて 探し当てたのにっこんなところで死んだらっそれこそ赦さないっ!

 さっさと目ぇ 覚ましなさいよ! 美弥さんの守った命っあっさり手放したりしないでよ!!

 高さんはどうな るのよ?! あんなに心配してるのにっ簡単に死なせやしないわよどんな力使ったって私 はあんたを連れて帰るの!! だからっ!  とっ とと目ェあけなさいよ!」

 

 叫びながら、私は懸命になって、沙霧の身体に刺さったままの硝子をえぐり出していた。

 

 

 まだ生暖かい、

 沙霧要の、―――

 

 

 私は血塗れの両手を押しつけるように、傷口の……胸部に乗せた。

 

「こらっ……沙霧……お願いだから目……開いてよぉ!」

 

 

 

 脇目もふらないような、我が身を省りみないような、ただ純粋に何かを求める祈りなんて、そういえばしたことがなかったんだと思う、その時になるま では。

 ただ私は、沙霧に生きていてもらいたかった。

 息を吹き返す沙霧の姿を、強く願った。

 そこには何の祈りの言葉もなくって、泣きそうになるのを必死でこらえている私が、沙霧要の名を繰り返し叫んでいるだけだった。

 

 

 

 力が欲しいと思った。

 何かを打ち負かすための力でも、何かに立ち向かうための力でもなくて、この、目の前に倒れている人一人の命を、繋ぎ止めるためだけの力が。

 

 

沙霧っ……目ェあけてよっ沙霧……!

 

 

 

 

 全神経は、両手に集中していた。

 それ以外、なにもわからなくて。すぐ側にいる松井さんのことすら、意識からは消え去っていた。

 

 流し込む、気力。

 あふれ出る血を、命を、押し戻すように、沙霧の体内に向けて気を注ぎ続け、じっと、身じろぎ一つしないままで……

 

 

「……」

 

 

 どのぐらいたってからなのだろう。手のひらの下で、微かに動く気配を感じたのは。

 まるっきり麻痺した感覚の中で、本当に僅かな変化を、両手だけは逃さず捉えていた。

 

「……ぎり?

 驚いて目を開ける。

 いつの間にか閉ざしていた目は、自分の手、沙霧の手、そして顔へと移動する。

 

 顔色に、全く変化はない。

 けれど。

 

 ぴく、ぴくり。

 

 痙攣するような瞼の動きの後、その上で、眉がきつく顰められたのだ。

 

 

 

 腕が、傷口を押さえようとするように持ち上げられ……る。

 

「さぎりっ!」

 

 私はまた叫んでいた。

 両手を、ぱっくり開いた傷口から、力が足りずに崩れ落ちそうになる沙霧の腕へと移し、持ち上げる。

 握りしめた手は、確かに、こちらを握り返してきた。

 

 

 

 

 唐突に、人影が動いた。

 

[止血、しねぇとな]

 松井さんはそれだけ言って、血に染まった沙霧のシャツを、その破れ目から勢いよく引き裂いた。

 さらされた傷口に押し当てるのは、Tシャツの上に着ていた、自分のユニフォーム。恐らく、今ここにあるものの中で一番清潔そうな、布。

 元々赤いユニフォームの、白抜きのナンバーは、見る見るうちに判別不能なものになる。

 

 

 私はただ、呆然とそれを見ていただけだった。

 

 引き裂いたシャツを、松井さんは包帯代わりにして沙霧の身体に巻き付けた。

 沙霧の身体は傷だらけで、新旧問わず至る所に見える傷跡に、松井さんは露骨に顔をしかめる。

 

 

 それでも、松井さんはそれについては何も言おうとはしなかった。

 自分までが血塗れになることを厭いもせずに、ただ黙々と、応急処置を進めていった。

 

 


 

 


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